黒岩禅の上司論ができるまで その6 | 黒岩禅の上司の魔法

黒岩禅の上司論ができるまで その6

その5 からの続きです

その5までは、「上司学」の出来るまででお送りしておりましたが
「上司学」という言葉が商標登録されていることが分かり
「黒岩禅の上司論ができるまで」に変更を致しました。



私がちょうど30歳になったときに、退職しました。
30歳でプータローです(笑

退職に不安が無かったかと言えばウソになりますが
30歳にしてプータロー経験は、とても楽しかったです(笑


図書館に入り浸り
本屋に入り浸り
公園で空を見続け
あてもなくバイクで走り続けたり・・・・
夜は何本もビデオ鑑賞

ああ・・・料理もかなり覚えました。


計画では1年間プータローをしようと思っていました。
(学校にも行こうと思っていたので)


しかし、ありがたいことに
退職して1~2ヶ月の間に10数社からオファーがありました。
最終的には16社からお誘いが!!!!

当時、お誘い下さいました皆さん、感謝いたします!


当時は大阪だったのですが、
同じ関西で、同じFCに勤めるのは抵抗がありました
                 ・・・・7年間お世話になったので。

しかし、多くのお誘いを受け多くの経営者のお考えを聞けたことは
大きな自身に繋がりました。


そして数ヶ月後

金を残すは下
技を残すは中
そして、人を残すは上

僕は人を残したいんです!


という、私の戯れ言を応援してくれる経営者が見つかりました。

それが、いまの上司であり副社長です。


あの時に、副社長に幾度とお誘いいただいていなければ
(お誘いを2度程断っていた)

今の「黒岩禅」は存在しなかったと確信しています。

上司が誰であるか?

それだけで、その人の人生の半分は決まると私は考えています。


そして、1999年1月東京に就職しました。

退職してから半年後です。

<続く>