栃木県と茨城県の境は山地であり、まだ、多くの城が隠れている。それが次々と発見されている。
この城もその1つである。

 

城は茂木町と那須烏山市の境付近、那須烏山市側、四斗蒔地区の北西の標高292mの山にある。
山の比高は約180mある。結構高い。


↑南下の四斗蒔地区から見た城址。道などない!

 

今は山間の過疎の谷間であるが、戦国時代、ここは交通の要衝だったのである。
もちろん、城までの道などない。

国土地理院の地図だと、道が城址まで延びているのであるが、麓近くでは道は確認できるが、城址付近にはその道は確認できない。すでに消失してしまっているのだ。


麓から城のある山は見えるので、ともかく、沢を行き、途中から尾根に上がりひたすら城を目指す。
でも尾根も谷も結構急であり、岩場が立ちはだかる。

 

何とか城址に到達。
城は単郭であり、主郭は40m×25mほどの広さ、南東端が高さ約1mの土壇を持つ。
主郭北側に腰曲輪、犬走りと帯曲輪を置き、北に延びる尾根に三重堀切を北西に延びる尾根に4本の堀切(うち2本は二重堀切)を置く構造である。


やたら北を警戒している。茂木氏の城で北の那須氏に対する城のように見える。
ここから異常を狼煙で大峰山経由で茂木城に伝達していたものと想定される。
でも全く逆かもしれない。
ではHP 四斗蒔砦  にて