先週の息子の月命日&誕生日の翌日から孫1号発熱で娘宅へ留守番に行ったり(実は娘には誰よりも気を遣う私ですが)、
主人の4回目の祥月命日には母の耳鼻科に同行(母は鼓膜切開して水を出すチューブを取り付ける手術)。
病院のあと二人でファミレスに入ったら母が不整脈を起こし、私は大急ぎで食べ終わり、母はテイクアウトにして帰宅して横になり回復。
「病院~昼食~銀行~買い物」という母のお出かけ予定は全て取りやめに。
実家泊の翌朝、草木染と機織り講座に直行したり、翌日の午前中は合唱の練習。
合唱の練習では「いのちの歌」を。
『息子の葬儀で歌った歌。息子を想い出す歌』とは誰にも言わずに歌う歌。
午後は友人の声楽発表会を応援に行ったり。
並行して母の下の叔母が施設に入居し、肘掛け椅子が要るので母が手配を引き受けてネットで検索するも、94歳には使いこなせず、妹と私で相談してそれぞれショールームに座りに行ったり、施設に電話して相談したり通販で配送を頼んだりの「リクライニングひじ掛け椅子完成品お届け品選び」(「お客様組み立て」が圧倒的に多い)にエネルギーを費やしたり。
それでも予定通り名古屋と京都へ旅行に行って来ました。
もし孫がインフルエンザだったら。
もし母が不整脈で入院したら。
ホテルも電車もすぐキャンセルできるよう電車の切符を持ち歩くという事態でした。
2月にも京都へ出かけたばかりですが。
一人暮らしなのに一人旅が好きな私です。
写真のお土産以外にもこまごまと買いましたが、お線香は息子へのお土産という悲しい習慣。
そして旅の余韻もそのままに、今日はテノール歌手秋川雅史さんのコンサートに行って来ました。
3人の若手歌手がゲストで、全員が渾身の歌唱。
特に「マイウェイ」の熱唱には涙が出ました。
最後に秋川さんの「千の風になって」。
ピアノ伴奏のアレンジも優しくて、聴きながら
このところの雑念や花粉症の鬱陶しさまでもすうっと霧が晴れたように消えて
心が真っ白にリセットされ、息子がいないことが心底自分に響いて、
悲しみが胸に広がりました。
涙が溢れて止まらなくなりました。
さっきまでの熱い客席が深い静けさに包まれ、涙をぬぐう人の気配も感じられました。
誰がどんな関係の人を亡くしたのかわかりませんが、この歌に涙する人達が私のずっと前からいたのだと思いました。
杖をついて腰の曲がった人達も多数。
それでもこの歌を聴きに出かけてくる人達。
息子を救うことができなかったこと。
薄れかけていたような気もするけれど、まだ真新しい出来事なのだと実感します。

