うたのブログ

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2024年9月一人暮らしの息子が旅立ちました。
どうすればよかったのか。
私はこれからどうすればいいのか。

夫は令和4年(2022年)に逝去。
日記は2024年10月19日から始まっています。
フォローは大切な人を亡くした同じ境遇の方のみでお願いします。

先日、9月末に緊急入院した叔母のお見舞いに行きましたが

今週また顔を見ようと出かけてきました。

前週に先生やソーシャルワーカーさんとのお話もあって

叔母はホスピスに転院することを希望。

そのホスピスに相談の電話はしていました。

面談をして、受け入れが決まったら転院、という順番。

 

新幹線の中で、病院からの電話を受け、翌朝面談OKと伝えられました。

今、新幹線で九州へ向かっていると話すと、また相談してくれて

面談の翌日ホスピスへ転院OKとの回答が。

 

転院するなら翌週くらいかなと思っていました、と答えたら

せっかく姪御さんが来られるし、何度も行き来するのも大変なので

それにお部屋があと1室だというので

それでお願いします、との回答をしました。

ホテルもう一泊予約。

 

どいうわけで、夕方叔母と面会。

元気になっていました。

翌朝、急性期の病院からの紹介状を持ってホスピスで院長先生や相談員さんと面談。

転院を了承してもらえました。

見学もでき、安心しました。

 

その足で、叔母がいる施設へ入院の荷物を取りに行き

入院中の病院へ面会に。

ワゴンに積んだ大荷物を病室に置いて帰りました。

 

ホテルで休息。

昨日の朝叔母を迎えに行き、手配してもらっていた介護タクシーでホスピスへ。

緑に囲まれた落ち着いた場所で

私も一緒にお昼ご飯を。

叔母はお味噌汁を少し残した以外は完食!

先週はおかゆすら一口食べるかどうかくらいでしたが。

 

荷物を整理して2時過ぎにタクシーで駅へ向かいました。

在来線や新幹線を乗り継いで昨夜遅く我が家へ帰ってきました。

 

親たちや主人の入退院のことを思い出します。

 

叔母は独身のまま自分の両親を介護し、20年一人で暮らしてきました。

半年前に奇跡的に(と言われたそうです)入った施設では自立した人しか居られず

鼻から酸素を入れたり薬を飲むなどの対応はできないので

しかも介護施設に入るには叔母は介護度が足りず、

流れでこういうところが終の棲家となりました。

 

また来るからね、と笑顔で手を振りました。

まだまだ大丈夫ね。