101.孫と過ごす、古い知人と会う | うたのブログ

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2024年9月一人暮らしの息子が旅立ちました。
どうすればよかったのか。
私はこれからどうすればいいのか。

夫は令和4年(2022年)に逝去。
日記は2024年10月19日から始まっています。
フォローは大切な人を亡くした同じ境遇の方のみでお願いします。

先日2泊した孫が、また2泊しに来ました。

先日孫を送って行った際、娘が発したきつい言葉(私の母が、孫に物を買い与えたがることが嫌だと)で、げんなり(気持ちはよくわかるが・・)したあと、家で過ごした写真を送ったら娘も気を取り直して、「頑張ったんだね!」と孫を称える返信あり。

 

そして、また孫が泊まりに来る流れに。

泊まる日の日中、娘一家と近所で消防音楽隊の無料コンサートへ。

リハーサル中、指揮者の男性が「指揮の棒を振って指揮をしたい人~~」と客席に聞くと、

何を思ったか2歳になったばかりの孫が「は~い!」と手を挙げて、採用に。保育所での条件反射?

6歳の孫は「恥ずかしいから嫌だ」と拒否しつつも、妹がやるなら、と付き添いはしてくれました。

孫2号(&孫1号)はリハも本番も、ほんの短い時間でしたが、泣くこともなく、

淡々と指揮台で指揮棒を振って、にこにこと舞台を降りて来ました。

 

そんな光景や、自由に楽器を試演できる時間もあって、息子がトロンボーンをやっていた事でふっと涙が滲みそうになるのを

瞬間的に抑えたり、「ここまで」と自分に言い聞かせたり。

 

息子が旅立った直後、駅前で警察音楽隊か消防音楽隊のコンサートに遭遇した時は

トロンボーンの音を聴くだけで涙がこみ上げてきたものでした。

 

あれから10か月経って、平静を保てる自分を自覚しました。

 

そういえば、孫が来ている間、また2525と1188のナンバーに遭遇。

アゲハ蝶やトンボも毎日庭に現れ、孫は叔父だと言ってくれました。

娘にはそんなことは言えません。

 

★★

昨日は数十年来の会社の知人と1年ぶりに会って昼食を。

昨年その人と会った時は息子は健在でした。

今の私は、息子の一周忌を控えた自死遺族。

でもそんなことは話題にせず、

これまで通り、興味のあること、昔話など話が弾みました。

 

解散後美術展に立ち寄りました。

絵は好きだけれど、「平穏」を保とうとしている私の目が

絵からの感動を受け付けないようにスイッチが入っている気がしました。

 

★★

明後日は息子の一周忌と義父の十七回忌。

今日はお返しに皆に渡すお菓子を買いに。

 

義母や義父、主人に息子。

喪主や施主や喪主代理みたいなことを

随分やってきたものだと実感。

特にここ数年、葬儀、四十九日、一周忌、三回忌、新盆供養etc.と立て続けに。

「法事が多すぎない?」という素朴な娘のコメントが可笑しいくらい。

 

夕暮れの空があまりに美しくて、運転中でなければ写真に撮りたいくらいでした。

でも、空は海にも見えて、息子はいつか光の海に飲み込まれていくのではないか、という思いもしました。

空に昇って楽しく過ごす、というイメージとは逆かも知れませんが。

私が落ち着いていくにつれて、息子は深い海に沈んでいくような。

遠くに行かないでね。

 

夕暮れの図書館から見た空。