Side JM
ムホとの試合から最初に訪れた土曜日。僕らは、昼下がりにホテルマドリンの最寄りの地下鉄の駅で待ち合わせて、ホテルへチェックインに向かった。
ホテルマドリンは海に面して建っている。ホテルへのアプローチの歩道からはビーチが見える。よく晴れた日で、青い海はキラキラと輝いていた。海開き前だからか人はまばらだ。
「海も行きたいな」
「うん、行きましょう。僕写真撮ってあげます」
僕の呟きにジョングクはにこりと笑って答えた。彼は今、兄からカメラを貰って、写真を撮るのに夢中になっているらしい。
「わあ、すごい…」
ホテルマドリンの豪華なエントランスが見えてきてジョングクが小さく声を上げた。
「ジミニヒョンは何回か来ていますよね」
「うん…でも、納品の時は業者の通用口だし…授賞式の時くらいかな、ちゃんと入ったの」
緊張しながら、エントランスから中へ入る。チェックインができる14時より少し早いせいか、広いロビーはそんなに混雑してはいなかった。
「お、パクジミン!ついに来たか!」
振り向くと、ホテルのユニフォームのスーツに身を包んだジニヒョンがいた。思わず駆け寄ろうとした時、ジニヒョンの隣にいたマネージャーらしき人が、「キムソクジン!」と小さく言って咳払いをする。ジニヒョンは「申し訳ありません」と短く謝ると、僕に向かって、にっこり笑った。
「パクジミン様ですね、お待ちしておりました。チェックインでよろしいでしょうか?」
いきなりの営業スマイルに僕は噴き出しそうになりながら「はい」と頷いた。ジニヒョンはフロントデスクのカウンターの中へ素早く入ると、パソコンのディスプレイをチェックしてから、また僕を見てにこりと笑う。
「本日より、デラックスダブルのお部屋でお一泊のご予約いただいております」
「ダブル…」
僕の後ろで、ジョングクが小さく呟くのが聞こえて頬が熱くなる。
「お支払い方法は…」
「あ、この宿泊券で…」
僕が授賞式でもらった宿泊券を取り出すと、ジニヒョンは微笑んだ。
「受賞おめでとうございます。ただいまコンテスト受賞スイーツのキャンペーンをあちらのロビーラウンジで開催中です。展示もあるので後ほどご案内いたしますね」
「わあ、ありがとうございます」
ジニヒョンは宿泊券を受け取って、きびきびとデスクの内側で何か手続きをして、素早くカードキーとレストランの情報などが書かれた紙をデスクの上に提示した。
「今回ご予約されたプランのご説明です。チェックインは14時ですが、お部屋準備できておりますので、この後ご案内いたします。チェックアウトは12時です。こちら、最上階のレストランでのディナーが含まれているプランです。18時にご予約承っておりますので時間になりましたら最上階のレストランへお越し下さい。本日は…」
ジニヒョンは言葉を切って、レストランの案内の中の一つの写真を手のひらで指した。
「ピアニストSUGAによるミニライブもございます。ぜひお楽しみくださいませ」
「わあ、SUGAだ…僕最近聴いていてすごく好きです」
ジョングクが声を上げる。ジニヒョンはジョングクを見て満足そうに笑った。
「ありがとうございます。朝食はロビーラウンジか最上階レストランでビュッフェご用意しております。時間内にどちらかお好きな方へお越し下さい」
そろそろ覚えられなくなりそうだ、と思いながら、僕は頷いた。
「それから…」
とジニヒョンはデスクの内側に視線を落としてから、こちらを向いて微笑んだ。
「スイーツコンテスト受賞者の方には、今ロビーラウンジでお出ししている受賞スイーツをお召し上がりいただけます」
「あ、本当ですか?めちゃくちゃ嬉しい」
僕が声を上げると、いつのまにか隣にぴたりとくっついていたジョングクが僕の背中に手を回した。
「ロビーラウンジでもいいですし、ルームサービスでお持ちすることも可能です」
「えっとじゃあ…夕飯はレストランだから、これはルームサービスでお願いします」
「かしこまりました。『お餅』を『お持ち』する時間はどうされますか?」
ジニヒョンが「おもち」を強調して発音して、僕は噴き出しそうになった。
「えっと…ジョングク、どうしよう?今お腹空いてる?おやつに食べる?僕のお餅ケーキ」
ジョングクを見ると、こくこくと激しく頷いていた。
「じゃあえっと…」
「ではこれから準備いたしますのでご用意でき次第、『お餅』を『お持ち』しますね」
僕はついに噴き出した。
「『お餅』じゃなくて、お餅ケーキですぅ!」
「ふはっ…すまん、自分を止められなかった…かしこまりました」
ジニヒョンは笑いを噛み殺して、真面目な顔に戻ると、カードキーなどを手に携えてカウンターから出て、僕たちの前でラウンジの方を指して微笑んだ。
「お部屋ご案内します。途中でスイーツコンテストの展示にもご案内いたしますね」