Side JK
短いインターバルのために競技場を出る。チス先輩が心配そうに僕を見た。
「大丈夫か?」
「僕は大丈夫です。やはり、ムホの差し金で…ジミニヒョンが連れ去られたみたいです」
体育館を見回してみるが相変わらずジミニヒョンの姿はない。
「どうしよう…」
「奴はなんて言ってるんだ?」
「僕が勝ったり…このことを明らかにしたら…ジミニヒョンを無事では返さないと…」
「くそっ、なんて奴だ…」
チス先輩は吐き捨てるように言うと、別の先輩のところへ歩いて行く。僕は試合中のムホの言葉をもう一度思い出そうとしていた。
『無事ってのはいろんな意味があるよな』
『でも負けたら何するかわかんないよね。俺が。あの人すげぇ可愛いからさ』
不意に、ムホがジミニヒョンの頰に触れていた昨日の光景が目に浮かんで、僕は腹わたが煮え繰り返りそうになった。
そうか、あいつ…
僕が勝ったら、ジミニヒョンを穢(けが)すと…
怒りで体が小刻みに震え出した。ジュンスン先輩と話していたチス先輩が、黙ってしまった僕を心配してか、顔を覗き込む。
「大丈夫か?こっちでもなんとか手を考える。できる限り粘って3ラウンド目に持ち込め」
「はい…」
僕はどす暗い気持ちを抱えたまま、のろのろと競技場へ戻った。同じく戻ってきたムホを睨みつける。2ラウンド目が始まった。
練習の賜物なのか、ムホがサボっていたのかわからないが、ムホの構えには隙があり、キックはキレを欠いているように思えた。
全力で戦えば…勝てる…
ムホのキックを軽やかに避けると、彼の顔は苦痛に歪んだ。しかし、すぐに「ふん」と笑って、パンチを繰り出してくる。
だけど…僕が全力で戦ったら…
本当にジミニヒョンに告白するつもりなのかわからないし、知りたくもないが、「試合に勝って告白」という道を絶たれたムホが何をするかが怖かった。
ジミニヒョンが他の誰かに穢されてしまうなんて…
考えただけでも頭がおかしくなりそうだった。
わざと負けるしかないんだろうか…
「ぐ」
「ジョングク!」
恐ろしい考えにとらわれていたせいか、ムホのパンチを胴体に受ける。僕はムホを睨みつけたまま踏みとどまった。反対にパンチを繰り出すと、ムホの胴体にヒットする。
「その調子だ!ジョングク!」
スンミン先輩の嬉しそうな声が飛んでくる。スンミン先輩とは、練習で一番組み合った。ムホの試合の動画を何度も見て、一緒に研究した。
いや、わざと負けるなんて…
あんなに毎日練習したのは何のためだったんだ?
キックを立て続けに仕掛けると、ムホが体勢を崩した。そこに回し蹴りしようとしたとき、ムホがにやりと笑うのが見えた。
「っ」
その笑みにぞわりと狂気めいたものを感じて、僕は思わず脚の力を弱めた。ムホは回し蹴りを受けて尚踏ん張り、またにやにや笑った。
ダメだ…こいつは僕に負けたら、ジミニヒョンを本当に…
どうしたらいいんだ…
レフェリーの2ラウンド目終了を告げる声が響いても、僕は混乱して立ち尽くしたままだった。
