テコン舞披露の日。事前に周知していたせいか、全校生徒に近い人数が体育館の前の広場に集まった。スタンバイ場所の体育館脇にたたずみながら、僕はたくさんの人々の中で、生徒以外の人を探していた。噂を聞いたのか近隣の人々も見に来ていた。その中に、餅の入った大きな木箱を重そうに持ったジミンさんを見つけて僕は嬉しくなった。
後で、お餅の箱、持ってあげなきゃ…
ジミンさんが見てくれていると思うと、さらにやる気が湧いてきた。
「いよいよですね!頑張りましょう!」
部員達に声を掛ける。皆緊張しているのか、神妙な顔つきだ。
「笑顔でやりましょう!楽しそうにしなきゃ…勧誘なんですから」
僕が言うと皆引きつったように笑みを浮かべた。
「ジミン『先生』も来てくれてますよ」
僕は言うと、ジミンさんに向かって手を振った。ジミンさんが気付いて嬉しそうに笑って、餅の箱を持った肩が少し動いた。
やば、やる気出まくる…
「頑張りましょう!」
そう言いながら振り向いた僕の目に写っていたのは、ジミンさんに気づく前よりもさらに緊張した面持ちの部員達だった。
時間がやってきて、チス先輩が始まりの口上を述べる。そしてすぐに音楽が鳴り出した。高鳴る胸と裏腹に、練習を重ねた身体は自然とリズムをとらえて動き出す。無我夢中で踊った。ジミンさんのアドバイスを思い出す。
もし苦しくなっても、見せちゃダメだよ。笑うんだ。そしたら、思う通りに動けるんだ。
風を切る僕の指。耳ではなく、体に染み込むような慣れ親しんだ音楽。見ている人達の期待のこもった瞳。ジミンさんの振り付けた箇所に差しかかる。人体の動きとしては辛い動きだった。だから僕は笑った。
歓声。
ジミンさん。
ああ、好きだ。
踊るほどに実感した。
僕はジミンさんが好き。
告白の結果がどうなるかわからない。でも、確かに言えることは、僕はジミンさんを好きになってよかった…
音楽が鳴りやんで、歓声が僕達を包んでも、僕はずっとジミンさんを見ていた。
ジミンさんだけを、ずっと…
披露が終わると、僕達はたちまちたくさんの生徒に取り囲まれて、部について質問を受けた。
こんなに反響があるなんて…
びっくりしている僕の目の端に、体育館に向かっていくジミンさんが見えた。駆け寄りたいけれど、テコンドー部に興味を持ってくれたらしい同級生がしきりに話しかけてくる。
「練習っていつも何時間くらい?」
「日によるけど3時間くらいかな」
その後もいくつかの質問に答えたところで、僕はその同級生に断って体育館に向かった。中に入ると、ジミンさんがそこにいる部員達に差し入れのお餅を配っているところだった。
「あ、ジョングク!」
僕を見るなり入り口まで走ってくるジミンさんに胸が高鳴った。
「すごくかっこよかったぞ!」
僕は、満面の笑みを浮かべて抱きついてくるジミンさんをぎゅっと抱きしめた。
「うまく行ったな!」
「ジミンさんのおかげです」
本当はずっと抱きしめていたかったけれど、部員達の目があったから僕は身を離した。ジミンさんは僕を見上げて照れくさそうに笑った。
「そんなことないよ…ジョングク達の努力の成果だよ…あ!チス」
入り口に姿を見せたチス先輩に気づいたジミンさんはにこっ、と笑った。お餅の箱まで戻ると、やってきたチス先輩にお餅を渡した。
「チス、頑張ったね!かっこよかったよ」
「ジミンさん…」
チス先輩はお餅を持ったジミンさんの手をぎゅっと握った。
「チス、痛い…」
「も、申し訳ありません…」
「わ、チス、泣かないで…」
テコン舞の成功に感動したのか、ジミンさんの手を握っていることに感動しているのか、それとも両方なのか分からないが、チス先輩の頰を涙が伝う。男泣きし始めたチス先輩を部員達が囲んだ。ジミンさんはにこにこしながらなだめていたが、そのうちソワソワとし始めて時計を見た。
「ごめん、僕、ちょっと用事があって今日はもうそろそろ帰らなきゃ」
「ではまた改めてお礼を…あ、箱は今度返しに行きます」
チス先輩が言うとジミンさんは微笑んで頷いた。
どうしよう…送って行きたいな…
今日は部員達と打ち上げと称して近くのハンバーガー屋さんに行くことになっている。僕が迷っていると、帰る用意を整えたジミンさんが、下駄箱の影から僕に向かって小さく手招きした。近寄ると、ジミンさんはリュックの中から小さな箱を取り出した。きれいにラッピングされている。ジミンさんは僕の耳元に口を近づけて、声をひそめて囁いた。
「これ…お餅…ジョングクに」
「え?」
ジミンさんはいたずらっぽく微笑んだ。僕を見上げるキラキラ光る瞳にドキドキする。
「ジョングクにだけだから…他の子には内緒だよ」
どきん、と胸が跳ねた。次の瞬間、僕はジミンさんの手を取って、「ちょっとジミンさん送ってきます!」と部員達に叫び、大急ぎで体育館を出た。