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LIFE AQUATIC

人生は海だ!!

ビレッジがなぜ始まったのか。いまでも動機をはっきり覚えている。


ずっと遊びたかったのだ。


24時間ずっと。遊び相手はNMさん。


彼と24時間遊びたかった事が動機で、なぜか祖父の家に泊まったときに、


思いついた。


当時、我々は大学1回生の春休みで、本当に時間を持て余している感じだった。


彼は車を持っていたので、私は彼の実家の八尾から


狭山まではるばる迎えに来てもらったりしていた。


いつもちゃんと送ってくれるので、悪いなと思いつつ、ずっと遊ぶにはどうしたら


いいかと考えていた。


早速思いついたプランを彼に話した。一緒に住もう、その方がもっと遊べる。


彼は資金を貯めるために同じ予備校だった実家が営むI住建に短期バイトに行った。


私は家を決めるからと、何とも彼にとっては分の悪い状態になった。


でも彼は何も言わずに勤め上げ、その金を使ってビレッジを手に入れた。


「アートビレッジ105号室」のはじまりである。


ちなみに、初めて下見に行ったときは、臭く無かったのだ。


犬がいて、猫がいて、ニワトリがいるのどかな石川河川敷だったのだ。


庭?もあったし広そうなので決めたけれど、その時は臭くなかったのだ。


ビレッジには河川敷にかけた橋があって、その橋の真下に105号室があった。


河川敷は土手状になっていて、ビレッジの2階が本来の1階のようになっていた。


その橋と土手のせいで、105号室は冬の何ヶ月間、


朝の7時から5分ほどしか陽がささない部屋だった。


そんな部屋に4年も住むとは本当に思わなかった。


ただ、私が過ごした4年間はおそらく人生で最も楽しいときだったと思う。


その時、一緒に過ごした人たちにどうしたら感謝を伝えられるだろうかと


いつも思う。



ラジオからカーディガンズのカーニバルが流れてきた。


10年も前の音楽。


20世紀の最も優れた曲の一つと思ってしまう。


それほど、たくさんの曲を聴いたわけではないが、やはり重なる思い出が


特別なものに熟成して行くのだと思う。


一瞬にして過去を鮮やかに浮かび上がらせ、フト消える。


良くも悪くも、どうしようもない思いに浸らされる。


私は思い出に浸ることは好きなタイプだが、誰かと逢っている時や


思い出に浸りきれない時間帯に、このような状況になることは


あまり歓迎できない。今が辛いとしか思えなくなるからだ。


MYさんとは良く踊りに行ったし、音楽をたくさん共有した。


最近ではめっきりそんなことも無くなったが、その当時を思い出す曲は数多い。


彼から連絡があって、パソコンで音楽を探しているのだが、うまくいかないらしい。


探しているキーワードはビートルズだとか。


彼らしいセレクトだと思った。


自分なら何を探すだろうか?


それが、私らしいセレクトだと思われればいいと思った。

ベランダから見える街路樹が急速に色づき始めた。


この季節は京都に行きたくなる。


ただ、京都は少々遠いので億劫になる。近所の住吉さんに参りにいく。


色づきは特に無く、七五三参りでにぎわう中、同年代のような親に出くわすと


自分が一体、今までに何を残してきたのかと不安になってくる。


この紅葉が過ぎれば、年末になる。忘年会の季節。


みんなで集まってが最近はめっきり少なくなってきたから、


このような催しでもなければ、なかなか集えない。


SIさんからメールが入ってきた。


来月の忘年会の日取りを20日までに決めたいとのこと。


今年は、にぎやかにやりたいね、毎年同じように話す集まり好きの友人。


12日で彼も31歳になったようで、立派な大人の一人である。


集まるたびに、気持ちは学生の頃と何も変わっていないよ・・・と落ち着いた


物腰になりながら、夜更けにポツリ。


集まれるうちが花やから・・・今年は楽しく集まりたいと思う。


愛すべき数少ない友人たちの笑顔に心から逢いたいと思う。

衣替えをしようと、越してきた頃から手付かずのダンボールを空けてみたら、


ビレッジ日記が出てきた。


ついつい中断して読んでしまう。結構な冊数になっていて、たくさんの筆記者が


訪れては去りしていた。


ずっと読んでしまいそうになったので、切り上げた。


心がもやもやとしてきて、空想の世界に逃げたくなる。


ビレッジを引き払った後、同居人のSS君に私はいつも愚痴っていた。


”どうして、あの時にもどれないんだろう?”


彼はある時私に、それは無理だから諦めたほうがいい、と言った。


納得できなかったが、受け入れるしかないことは分かっていた。


彼は正しい。


私は、そのビレッジ日記の登場人物たちにとても感謝している。


このブログにはその中の人たちとの今の関わりや、昔話を書くつもりにしている。


かなり限定された話なので、招待した方のみが時折覗いてもらえれば嬉しい。