自分の気持ちを意識してから、気持ちが穏かになった気がする

自分を必要以上に下げてみたり、相手の希望に添えないことにも

罪悪感を感じることが少なくなった

自分を大切にしている感じがしてなんか嬉しい

今まで、人に構ってもらうことで、大切にされていると思っていたけれど

 

自分で自分を大切にしてあげると、「心地いい感じ」が分かったような気がする

これって人の反応見て、自分を評価しなくてもいいじゃん!

自分の、今したい事を一番わかっているのは「わたし」

まず、できることから叶えてあげよう~ニコニコ

 




 

これまでと同じ事をしていては


物足りなく感じる……


最低限の安心と安全が確保されている


できることから、本心に沿ったことを


選択してきている


自分の今の好き、嫌いもわかっている


何もこれがあるから苦しい、生きづらい


悩みがあるわけでもない


いつも何かを問題として創ってきたから


それが無くなると寂しくなり


物足りなく想うのか?


思考がスッキリすると


要らないことを考えない、問題としない


そしたらだだひたすら


これまでしてきたことから


ステップアップして


経験したことのないことを


チャレンジしてみるとまた違う


感情がある沸くといいな


これまでしてきたことの


楽しさや、喜びが年と共に変わってくる


だからこそ、今の自分に合った


ことをしていこう


因みに私は、幼少期に我慢してきた


可愛い色味の洋服を着ていこうと思います


何故なら、お下がりや地味な色のモノが


多かったから!


年齢を重ねると、怖いもの無しだ‼️



人によって幸せって違うよね


自分の幸せってどんな事に、どんな時に


そう思うのだろう?



出来事を丁寧にみていったら、その時


こんなことができて幸せだなぁ~


こんなことをしてもらえるなんて


嬉しいなぁ~


良いところも、好ましくないところもある


自分の事を大切にしてもらえていると思える


言動があったら幸せに思う


(もちろん、表現の仕方はそれぞれだけど)



それには、、価値がないとだめ!と


思っている自分の事を


自分で受け入れてあげていたら


気持ちも楽で居られる


その幸せも素直に


受けとれるようになるのだと


気づきました。



拗ねてたり、自分を責めていたり


ちゃんできていない自分を恥ずかしく


思ったりせずに!


役にたたない私は幸せになれません!!


ではなく


どんな私も幸せになっていい!!


自分から幸せを避けてしまう


思考をやめます


私はもう幸せなんです、きっと😊


















自分がどうして、

人と親密(とりわけ仲が良い)

と、いう状態を好まないのか?

が謎でした。


自分をさらけ出すことが

受け入れてもらえない(傷つく)

人に合わせる(受け入れてもらえる)

が強かったこと


母との関係性の中で、安心して

側にいれなかったことが

人との距離を縮めたくない=不安定になる

が、あったのだと気づきました。


だから、いつも心の底に安定感を

求めていたのだと分かりました


自分の本音をいっても、安心できる

人や場所をずっと求めていたのだと

母には母の思いや、考えがあり

責めることで解決しない


私がこの経験と気づきを得たことで

その連鎖を起こさせないために



きっと、器を大きくして

相手の事情も組んであげる

理解してあげていくことで

(自分を我慢させることではなく)

連鎖が無くなっていくのだと

身近な人ならなおさら


相手は相手の事情や感情がある

それを否定せず、理解してあげる

私には、私の事情や感情がある

それを受け入れて認めて

まるごと慈しんであげる

この流れがスムーズになれたら

嬉しいな✨

小学生の頃だったか、


私とあの人との「対応が同じ」と言うことに


こだわっていることにきづいた


でも、何でだろう?


人と比較して自分はできている、できていない


で、自分がへこんだり、恥なこと


または、安心したかったのか?


自分にはそんなこだわりを持っていて


平等に「扱われていない!」と感じると


その場所は居心地の悪い場所でしかなかった


どこへいっても、しっくり来ない場所があり


心の中で、自分がここに居ては


いけないのではないか?と


思うことも多々あった気がする


今もある


「平等」にこだわっていたのは


安心したかったからだ!


何かを比較して、劣っている自分でも


出来ない自分でも、情けない自分でも


受け入れてもらえる、人、場所、仲間


がなくなるような気がして


そうなることが寂しくて、悲しくて


心が傷つくからどんな自分でも


受け入れてほしくて=平等に扱って


欲しかったから。安心したかったから


「平等に」こだわっていたんだと


気づきました。


今の私ならきっと大丈夫!