おせちの飾りにいかが?ネットで見つけました!

 いつも観光客で一杯だったお寺にすいているだろうと行ってみたら、参拝中止というケースを何度か体験し、結局、全く行かなくなりました。コロナに対する安全祈願なのに、肝心なときに開けていないなんてと思ったのですが、よく考えたら日頃は無関心なくせに、自分の都合だけで、不埒なことですね。
 

 何とか今年は初詣は行けそうです。昨年の祈願成就と無事のお礼をするのが初詣だと、書いたことがありますが、ヤッパリ年一回では、祈願とお礼の両方で、日頃の疎遠さをカバーしたくなります。


 文部科学省が毎年調査している統計で、宗教を「信じない」「関心が無い」という人が72%。でも、「信仰心」や「宗教」は大切と答えた人は、66%もいて、無関心だけど大切なんて、外人から見たら不思議の国ニッポンですね。


 信者数という統計もあって、神道系約8,900万人、仏教系8,500万人、キリスト教系200万人、諸教700万人。(*1)合計は1億8千3百万人と大幅に人口オーバーとなって、更に不思議。まあ、お寺で除夜の鐘をつき、神社に初詣、結婚式は教会、葬式はお寺に戻る、というのが普通だと思っているマルチ信者がいかに多いか、ですね。


 そう言えば私のような典型的日本人は、義務感がないのですね。こだわらないと言っても良いでしょうか。いわゆる教義や戒律にしばられないのです。(*2)
 

 それが、危機意識の欠如と揶揄される穏やかな日本を作っている原点のように思います。それこそ、日本の素晴らしい点で、世界に貢献できる長所だと思っていたのですが、世界での存在感が更に減っているのが気がかりです。


 せめて我が国だけでも、お釈迦様の仰った三毒(貪欲、怒り、愚痴)の闇を<除夜>の鐘で取り除いて、来る年が知恵の光明に輝くことを祈りたいと思います。
あれ?自国だけとは、これも貪欲?


*1:2020年調査報告。宗派に関わらず若者中心に信者が減っています。それも平和と豊かさ           の象徴なのかも知れません。
 

*2:我こそ正義という教義への強いこだわりから出てくる信念は、今も多くの国々で対立を生  んでいます。日本での宗教的対立が少ない所以は、戦国時代の信長、秀吉、家康の宗教と権力の分断施政のお陰、というのが通説です。