ミュシャ展に行ってきました。
写真を撮ってもいい部屋の様子
草間彌生展も同時開催でした 国立新美術館はきれいですね
「スラブ叙事詩」と言うスラブ人賛歌でしたが、スラブの歴史を皆目知らないので、単なる絵としての鑑賞です。(*1)平日にもかかわらず、チケットを買うのに長蛇の列、入場制限でまた並ぶと言う混雑ぶり。昔は京都に絵画展は必ず来ていました。でも今や人だらけの東京に行かないと見ることが出来ません。東京で泊まるのが嫌なので、箱根に宿を取り、富士山とダブル観光としゃれました。
とは言いつつ、京都も人だらけ、街は日本語の方が少ないぐらい外人観光客で一杯です。昔は「芸者とフジヤマ」が日本のイメージでしたが、今は「清潔と親切」というのが印象としてネットに踊っています。特に公共のトイレがきれいのと、落とした財布が戻ってくることに驚きがあるようです。ある留学生のブログでは、置き忘れたパスポート入りの鞄が警察に届けられていただけで感激したのに、中身に遺失したものが無いかという心遣いから、持ち物から留学生とわかり、頑張るように励ましの言葉までしたためられた、心温まる拾い主の手紙が入っていたそうです。その思いやりに感涙したことが綴られていました。
富士山は新幹線からしか見えず 箱根関所:当時のまま復元された建物
箱根も 1/3 が外国人
まだまだ日本の良さが残っており、そこに魅力を感じて観光客が来てくれることには安堵を覚えます。でもそんな日本人賛歌も失われつつあると杞憂しているのは、年齢のせいでしょうか。
例えば今、大合唱になっている「働き方」改革を捉えても、長時間労働が悪の根源のように言われていますが、「労働」を時間の切り売りとして捉えるから問題な訳で、そもそも「働く」ことは、「もの」や「こと」に付加価値を付けることなのです。時間の係数にすべきは効率で、そのことこそ「働き方」の本質であり、問題にすべきなのです。
「労働」とは本来社会に役立つ行為であり、自己にとっては楽しいものです。世の中への役立ち度の対価としてお金を頂いているのです。何もかも時間に換算し、時短が善という善悪の二元論に終始するのは欧米の契約社会の論理の焼き直しです。契約やルールに基づき個人プレーの業績を評価する欧米スタイルとは一線画したサービスやもてなし、それが強制で無く出来る日本人の文化を、観光客は認知し、評価しているのではないでしょうか。
日本は地球上の陸地のたった1%の土地なのに、世界中の自然災害の20%が集中しているという国。災害の歴史が助け合いの精神を生み、思いやりや絆を育んできました。(*2)それが観光の原資になるのなら、民族の誉れだと思います。おれおれ詐欺が無くならないのは、人の良さの表れか?一面いいことなのかも知れません。国際会議においてもしたたかな交渉力を持たない日本は損ばかりしてる様に思えてなりません。でも世界中で愛される国として認知が進めば、「損をして得を取れ」という商い(=交渉)の論理が現実となります。
ああ、そんな時代が来るんでしょうか?やっぱり、北方領土も東シナ海もやられっぱなしは腹立つんです。でも損に腹が立つようだと、得は巡ってこない??やっぱり!
*1:一応「スラブ民族」として調べたのですが、スラブ語とキリスト教(ギリシャ正教やロシヤ正教)を共通とした人々と言うことです。日本(大和)民族の様に単一の歴史と違って様々な国が入り交じり、互いに争うのですからややこしくて分からないまま出かけました
*2:日本の陸地に対するパーセンテージは人の住めない南極を抜くと2%ととなります











