アメンバーのみなさま、こんにちは、
今日の記事はもうすでにたくさん予約投稿しているのですが
書きたくなったので、割り込みアメンバー記事です。
西洋的「ゆたかさ」とやらのうそくささ、についてです。
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1.キリスト教圏での成功者がなぜ、広大な土地に住み、贅を尽くし、とどまるところを知らずに
成功の「果実」を甘受しそして際限がないのか?
の理由を知ること
2.日本人がそうでない理由・キリスト教圏のような「成功像」に達しないのか
なぜ、現代、西洋文化での所有や成功や所蔵やお金ではかる成功モノサシ・概念をどっぷりと取り入れ
それをめざし、でも多くの人がもちろん自分も含めて、
これを知ることで
成功へのどん欲さ、とかリミッターとかの価値観が書き換えることのきっかけになるかもしれません。
いわゆる「成功」を手にするうえでの、重要なファクターです。
これを書き換えないと、ブレイクした成功は無理だと思っている、そんな理屈についてです。
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1.はキリスト教を納得はしなくても理解することから始まる。
キリスト教の宇宙構造~天国・地獄の概念をしることでほんの少しだけ理解できます。
= 知ると
よく豊かさは、神様があたえてくれていて足りたいことはない、とか偏在しているとか
満ちあふれているとかいうし、
今の「ぼんやり」型の幸せ本にもその言葉がそれこそ「満ちあふれている」(笑)
けれど、ほんとうの本当のところで僕らは「満ちあふれている」と思えない、のではないですか?
え、思えている、ならいいです。(笑)
それを思えないこと自体が2.な理由です。
日本人はキリスト教的理解もないしと哲学でもないから、頭で理解するしかないんですね。
& 日本にこれだけ西洋文化が流れ込んだのに、キリスト教への国家的改宗にはなりませんでした。
1億3000万人で260万人です。
どんな集団も2:8としたら、アクティブなのは2割の50万人、、、、13000分の50です。
(ちなみにお隣韓国では、1400万人程度、人口比第一位の宗教です。)
それだけ日本人の「何か」底流のものとキリスト教の底流のなにかが
相容れなかったわけです。
かつて、漢字が輸入された時にも漢字国にならなかったように、
底流にある「何か」が相容れいないんです。
それなのに
「豊か」なんです、とか「満ちあふれいる」とかをどんな本や、影響力のある誰かが言ったとしても
結局口から出るその言葉は「誰か」の言葉を借りてしか言えません。
つまり、本当に豊かとか満ちあふれているなどと思えていないんですね。
加えて、輪廻転生などの世界観の違いもあります。
キリスト教圏においては宗教的生活を全うして聖書の通りにいき、
神の思し召しどおりに生きていくことで「天国」に行くラインに乗ることとなります。
そうすれば「楽園」、働かずとも豊かな生活も送れる。
etc以下、聞いたことのあるフレーズが並びますがそう言う(天国に行く)生き方をして
人生を送っているのであればそれら=物質的「副産物」を今の人生で受け取る資格のある自分だ。
そう、思っている、し、それを肯定する言葉が「アーメン」なわけです。
だから、与えるのは「神」であって、遠慮などは「人間の判断」なので逆にしてはいけない、
だからどこまでも際限なく手にする、こういう論理構造になっているのだからどこまでも行きますね。
・・・・・・、日本人は逆ですね、足を知る、みたいな。
甘受するのではなく、自分で判断して、受け取ることを拒否もしたりする。
また、退蔵したり、生活を甘受するのではなくストックしていく。
貯金思考ですね。
こんな宗教的理由と背景があるのに、西洋的物言いに載せられて
ああなりたい、こうなりたい、と言っても
(「それはよくない」と言っているのではなく)構造的にうまくいきづらいってことですね。
しかもうまくいっても、「判断」する・・・・・・。
やっかいなものです。根本的価値観てやつは。
久々のアメンバー記事でした、ありがとうございます。
書きたくなり、殴り書き的ですみません。論証的に「え?」と言うこともあるかと思いますが
あとで文献など調べて補足する必要があることはまた、書きます。
まず、頭から吐き出して整理して伝えたかったのです^^
