昨日、たまたまあるお店で四方山話をしていたら
ちょうど帰るお客さんを見て、あれは誰? → ○○さん → 首太いね → アメフトやってるんだって
→ (教えてくれたその人)アメフトにやけに詳しい → 昔、学生アメフトのマネージャーやっていた
→ 強い、弱いを色々教えてくれ → 自分は ○○大 → え?オレも → え?マジですか?
→ 何学部? → 同じ
→ 何号館がどうしたこうした、、、、 と盛り上がりました。
で、何がいいたいか?
ラ・ポールって言うんですかね?こういうの。
一気に同胞、みたいな、はらから、な。
なんか、まさに、空気中に橋が架かった感じを感じました(笑)
で、この話、最初の「ちょうど帰るお客さんを見て、あれは誰?」が無いと
アメフト~以降の話が成立しないんですよね。
遅かれ早かれいつか聞くかも知れないのですが
こういう、ひも付いた、はしごがかかるような会話の
先に、
「あれは誰-同胞」がある。
人の記憶とか、会話の曖昧性とかどこへ分岐するのかみたいなのは予想外の到達点があります。
夢セミナーとか夢プロ☆で「どうでもいいこと」にけっこうこだわった会話をしていきます。
そのひもづいた「向こう側に」ダイヤモンドがあることが多いんです。
でもそのはじめの一手は、「あれは誰」みたいな、何の脈絡もない一言が始まりです。
自分の夢とラ・ポールをかけるのはその一手からなんです。
いきなり「夢」ではないんですよね、きっと
