ぼく、ましゅどくです~~~。
(大山のぶ代版、ドラえもん風に)
さて、今日はテストなく、
1限:数理統計、3限:熱力ありました。
どちらもテストは来週なんで、
土日、海の日と勉強すればなんとかなるでしょう。
そんで、その後、
AMCがございました。
今回はいつものフーリエ解析ではなく、
数学科の先生を招いての、
「数学最前線特別講義」
でした。
字のごとく、
「数学科の先生が、数学の最前線について
特別に講義しちゃうよ♥」
というものです。
今、「♥」を付けてみましたが、
内容はまったくもって、「♥」では済まされません。
今回は(明後日木曜にもこの特別講義がある)、
「超準解析学」
ってのをやりました。
解析学の主役は、
「微分・積分」
です。こやつらを考えるとき、重要になってくる考えが、
「無限小」
です。
「無限小」とは読んで字のごとく、
「無限というくらい、超ウルトラスーパーむちゃくちゃ小っさい量」
を表してます。
ただ、無限に小さいという表現、
なんかしっくりきませんよね。
現実的にいえば、
「人より蟻んこのほうが小さい。
蟻んこよりアメーバのほうが小さい。
アメーバよりインフルエンザウイルスより小さい。
インフルエンザウイルスより原子のほうが小さい。
原子より電子のほうが小さい。
電子より・・・・。」
という風にできるわけだから、
「無限小」っていう表現は、上のような考え方では、
「現実的」ではないですよね。
でも、ニュートンの時代(18世紀くらい)は、
「ま、そんなのが存在するんじゃね?」
的な解釈でした。
というのも、無限小が存在すると仮定して
微分や積分を定義することができたからです。
ところが、そのことについて厳しく言及していくと
矛盾にぶち当たってしまいました。
そこで、19世紀に誕生したのが、
「ε-δ論法(イプシロン-デルタろんぽう)」
つまり、
「任意のε>0 に対して、あるδが存在して、
|x-a|<δ ならば、 |f(x)-b|<εとなる時、
f(x)をaに近付けたときの極限値がbである、という」
いうことです。
これが、現在の解析学の基本的な考え方と
なっております。
ところがどっこい、この論法を使えば、
あらゆるものが説明できるっちゃあ出来るけど、
これは、あくまで、「性質的」なものであり、
「現実的(実際に存在する、ということ)」ではないのです。
じゃあ、実際のものとして考えようぜ、
ということで生み出されたのが
「超準解析学」
という概念だそうです。
今から約50年前の1960年代にできたものです。
まあ、これにも定義がうだうだとあるのですが、
それは、頭の弱いオイラにとっては
ティンプンカンプンだったので、詳しくは語れません。
この概念によって、ニュートンの考える「無限小」と、
19世紀のε-δ論法を使った考え方が
うまい具合に融合された、と言えばよいでしょうか。
この概念を使えば、物理の
「ブラウン運動」の説明が美しくできるそうな
(そこまでは時間の関係で教えてくれなかった)。
そして、2000年代には
「超超準解析学」
というのも出来たそうな。
まあ、こんな感じのことを2時間かけて
説明してました…。
率直な感想が、上のタイトル通り。
友達も
「頭が痛ぇや。」
と言ってました。
まあ、数学は、なんでも新しい世界を作っちゃうんだから
スゴイわな。
この前のブログに書いた
「複素数」も、この「超準解析学」も
「実数上で作られた新しい世界」
なんですよね。
んなこと考えちゃう、
数学者はハンパねぇな。
パイオニアやな。
フロンティア精神の塊やな。
やっぱり、数学は物理とは違う考え方を持ってますな。
おぉ、あっという間に9時を回ってしまった。
明日、「第三の関門」がいよいよ迫ってきてるから、
ここで切り上げて、テスト勉強を始めるとするか…。
ユウウツや、はよ終わってくれ~。
注意:数学の専門家等が上の説明を読んで
「間違ってる!!」と思われるかもしれませんが、
そこらへんはご了承を…。