季節の変わり目で体調がおかしくなってるのか
最近眠たくて眠たくて仕方がない。


実家にて夜ご飯も食べず布団も引かず
バタンキュだった先週火曜日のこと。

家に着いたのが21:30頃で
22:00位から床に寝だした記憶。
パパの声で少し起きました。
(パパが帰って来たってことは24:00過ぎ位かな。)




以下、聞こえてきた会話。

パパ「ママ、ななが倒れてるよ。」
ママ「うん、疲れてるのよ。倒しといてあげて。」
パパ「ハハハ。そうだな。」






朝起きたら布団だけかかってて床のまま。
身体中が物凄く痛かったです。





倒しといてあげて。ハハハそうだな。





愛はあれども適当です。
さすが私の親なんです。
本日9月21日(水)の

18:00- キッズ1
19:00- キッズ2
20:00- GIRLS超入門
21:30- GIRLS初級のレッスンは、

台風の影響により、
【全クラス臨時休講】とさせていただきます。
キッズクラスにおきましては
11月の5週目を振替とさせていただきます。


GRANDSOULのHPにおいても
随時スクール情報の更新がございますので
併せてご確認いただけましたら幸いです。

GSのHPはこちら




これから非常食買いに行ってきます。
吹き飛ばされないようにしなきゃ!(真剣)
ダンスエンターテインメントの
クリエイティブ力を競う、
今までにない新しいかたちの大会。


【Legend TOKYO】
2011年7月29日(木)
@渋谷・CCレモンホール(旧渋谷公会堂)
開場16:00/開演17:00


→振付け.衣装.使用楽曲.照明センスなど、
 ダンス.エンターテインメントとしての
 すべてが評価対象となる。
 
 原則。
  *25名の振付師が競い合う。
  *出演ダンサーは各チーム10名以上。
  *ゲスト共演者は4名まで、他出演ダンサーは一般公募。


【料金】
前売りチケット 自由席 \4,000 / 指定席 \6,000
当日チケット  自由席 \4,500 / 指定席 \6,500
*完売したそうです。


【審査員】
- SAM(TRF)
- シルク・ドゥ・ソレイユ 制作ディレクター(カナダ)
- 上海城市演芸有限公司 副総裁(中国)
- 『VIBE Dance Competition』オーガナイザー(アメリカ)
- エイベックス・プランニング&デベロップメント社長
- ブルーマングループ プロデューサー



【ゲストコレオグラファー】

Jonte’★Moaning

【出演コレオグラファー】

—–1部—–
IGA(Mystical Waxx)
Kana
KAZ(ASURA)
Ruu(VICTORIA)
SORI(SHUFFLE!!)
HIDETOMO
HASE(Repoll:FX)
MEIKO(カッチョイイクルー)
KATO(D’OAM)
KAZUE(MaKuRo)
井島剛
KAORI
—–2部—–
AGATCHI
梅棒
SHY-N(CROSS COLORS DANCERS)
MIWA(Doll House)
IPPEI(PROJECT『1』)
Satomi(FLY&STONE) ←←←私ココで出演。
EMI(OUTSET)
長谷川達也(DAZZLE)
カミジョウタケル
Shin.1
GALAXXXXY★
KETZ(AuN)
TAIHEY(AT LOOP)  ←←←レペゼン茨城!


【オフィシャルサイト】
http://legend-tokyo.com/


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20代最後の挑戦のひとつ。
これに、いちダンサーとして出演してきます。



最近自分の生い立ちについて
お話しさせてもらっていたのは、
この挑戦に向かう中で
自分のダンスの原点を再確認したかったっていう
気持ちからだったのでした。




今までの自分のダンス遍歴。


バレエ、
ジャズ、
創作ダンス、
現代舞踊、
コンテンポラリー、
ストリートダンス。


ダンス界の流れやセオリーを追い、
そこに追いつくことに必死な自分、
自分から生まれてくるものを信じていない瞬間、
それらに気づく時の葛藤。



なんかそんな「葛藤」とか言えるほど
大したことない自分だけど、
もんもんとしながらダンスを続けてきていた部分が
少なからずありました。


自分の役割がどんどん分からなくなって、
常に押しつぶされそうで
ぎりぎりのところでやっていた時もありました。


なんて、
こんなこと言ったら立場失格かもしれないですね。



こんな不安はきっと
強い行動をしていないから、なんだろう。




原点にかえろう。



自分にとっての「ダンス」って何だろう、
これからどうしていきたいんだろう、
自分には何が出来るだろう。
最近の私の頭の中は常にこれだったのでした。





で、見えてきた課題たち。



課題が見えてきたのなら
行動にうつしていくこと。
怖がらないでぶつかること。



縁あって、
この課題への挑戦に入るきっかけを
今回与えられたんだと思っています。


年明けにこの話を知って
オーディションを受けようと申し込んだら、
振付師はなんと後輩だったっていう
奇跡的な偶然からスタートしています。


1月に出演が決定し、
2月から練習スタート、震災で大会延期、
6月から作品テーマ、曲、振付、衣装の全て(!)が変わり、
出演メンバーも半数が入れ変わり練習が再開。



さて。

いよいよ明後日が本番なんです。
satomiナンバー、20名で強く行ってきます。
ちなみにチーム内で私が最年長っていう(!!!)。





自分の大事な基盤をつくってきてくれた
創作ダンスの世界で、
自分を生かしてあげてこようと思います。



そうしたら
原点にかえって来られる気がする。
ひとつ進める気がする。
最後に、
職歴事情。



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実は結構、
路頭に迷ってきている末の今かも、です。



でも、
遠回りしてきた分はしっかり今に繋がっています。
アレがあったから、今こう出来るんだ。
そんな風に思って日々過ごせています。




■高校時代。
テレビ観覧のサクラ。
 (ガハガハ笑う姿を何回も世に晒しました。)
番組エキストラ。
 (ほんのちょい役です。)
神宮球場の売り子。
 (時給610円でした。)



■大学時代。
試食販売の売り子。
 (色んな店舗で働けるのが快感でした。)
家庭教師。
 (カリキュラムを組むことの難しさを学びました。)
飲食店ウエイトレス。
 (6年間お世話になりました。)
ダンスアシスタント。
 (最初はバレエクラスのアシスタントでした。)



ここまではバイトです。


「大きな声を通す」ことで人の気を引くことと
「サービス欲」が人より少しばかり大きいことが
自分の持ち味だって気付けた大事な経験ばかり。



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■就職活動。
アナウンサー。
スチュワーデス。
グランドホステス。



諦めが悪くて3年間受け続けました。
今はもう
この頃採用に至らなかった理由が
ハッキリと理解できます。




■そして、社会人。
飲食店アドバイザー。
飲食店副店長。



就活に敗れ路頭に迷っていたところに偶然、
大学時バイト先の元支配人から電話が鳴り、
独立して都内にお店をオープンさせるから「お願い!」と
サービスノウハウを新人さん達に教える担当職をいただいて
1年間契約で2店舗のアドバイザーをやらせていただきました。
めまぐるしかったけど、とにかく素敵な経験でした。







…そしてそして今、
ダンス講師です。



掛け持ちでなく本腰を入れさせていただいてから
ようやく5年目となりました。
(まだまだペーペーです)



この5年間、
たくさんの出逢いがありました。
人、モノ、コト、気持ち、心、バランス。
キーワードはたくさんあります。


おかげさまで、
消化したかったことがひとつひとつ、
すこしずーーつ×100、解けてきている気がしています。
新しく見えてきたこともたくさんあります。


まだまだ未熟すぎて
情けない姿を晒したりしてはいますが、
この先もダンスの先生で在りたいと強く思っています。

そして、




お勉強事情。




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小学校低学年の頃に流行っていた公文。



公文では各教科、
とにかくどんどん好きなだけ
レベルを進めていくことができる方式だった。


ゲーム感覚で解けてしまうことが楽しくて
算数が異様に得意になった。
小3で中学2年生の内容まで進んだことで
高進度賞という賞をいただく。





公文での成績のせいか、
小学校高学年になってからは、
親がとても良い塾に通わせてくれた。




そこでも成績がぐんぐん伸びたことで、
近くの塾だったのが
遠くの特進クラスに入れられ、
周りから期待をとても寄せられる。




親と塾の講師の言うがまま
関西の某有名中学を受験し
その3校とも見事に失敗し、

すごく落胆された。勝手に。
すごく文句を言われた。「期待してたのに。」
すごく慰められた。「残念だったね。」




私は
全然残念じゃなかった。


いくら難しい問題が解けたところで
目標がないとこんなにも結果空っぽなのかと
生意気にも思った自分。







そのことがあってから、
高校受験は目標を自分で決めて
そこに向かってやろうと意識しだす。




今の指導理念はここがハッキリとした原点。



私と関わってくれる大事な生徒さんには、
どんなに小さなことでも
自分で考えて、
自分で決めて、
自ら行動して、
どんなに失敗したとしても
その中身ある力強い人間力をどんどん手繰り寄せてほしい。
そう思う。






親の転勤・旅行が多く飛行機に乗ることが多かったため
スチュワーデスになることを夢見ていたこと、
ただの反抗期からか
とにかく親元から一刻も早く離れたいと思って
勉強漬けの毎日を送ったこと。



このことから


インターナショナルスクール。
学生寮がある。


この条件の関東圏の3校を受験させてもらい、
3校とも合格。





第一志望だった都内の高校に入学。
そこで創作ダンス・恩師に出逢った。




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目標を達成して新しい世界に飛び込めたことで
勉強をまったくしなくなって
面白いくらいに成績優等生から劣等生へガラガラガラ。


っていうのは内緒の話。
転校が多い、と少し触れたので
話を変えて




お住まい&学校事情。




――――――――――――――――――


いわゆる転勤族で
小さいものを合わせると引越し12回。





■生まれはフランスのパリ。
  もう、響きがセレブ。ふっふ~~~っ!
  でも
  私、生まれただけ!




■幼稚園は3校。
 フランス/パリ市  私立幼稚園、
 大阪府S市   公立幼稚園、
 神奈川県K市  公立幼稚園。

  最初の2園は卒園アルバムが手元になくて
  最後の1園のアルバムには当然のことながら
  あまり自分が載っていなくて、
  幼心にとても悲しかった思い出。




■小学校は2校。
 神奈川県K市  公立小学校、
 兵庫県T市   公立小学校。

  この兵庫県で生粋の関西弁を仕込まれる。
  関西弁でのやり取りは英語に似ていて、
  人との壁があまりない感じ。
  自分にとってとても楽だったな。




■中学校。
 兵庫県T市   公立中学校。

  規則のとても厳しい中学校。
  膝下までの長いスカートで前髪ぱっつんにおさげ、
  牛乳瓶の底のような丸眼鏡をかけて
  学級委員長を務めちゃう典型的なガリ勉タイプだった。


  中1の冬に阪神淡路大震災被災。
  その時の思い出し記事はこちら


■高等学校。
 東京都K市  私立高校。

  帰国子女が2/3を占めるインターナショナルスクール。
  制服はあるけど私服登校、自由校風、英語での会話。
  中学とのギャップに大きなカルチャーショックを受けて
  それと共に視野がグンと広がった。
  寮生活。
  一生ものの親友たちとの出逢い。
  創作ダンスとの出逢い。  


  
■大学。
 茨城県T市  国立大学。

  ダンス推薦で入学。
  体育会系ダンス部所属。
  在学中はとにかくダンスダンスダンス。
  訳が分からなくなる程踊っていた。




――――――――――――――――――――――




幼稚園と小学校での転園、転校経験が
きっと今にとてもひびいている。




  自己紹介が苦手。
  注目されるの苦手。
  人見知り。
  で、八方美人。




んー
ひびいてる…ってのは、きっとたぶんほとんど言い訳。
【1】に関連・派生して


スポーツ身体事情。



――――――――――――――――――――


幼い頃からのクラシックバレエのおかげで
身体を柔らかくしなやかに使えるよう保つことが出来た。




跳んだり跳ねたり振ったりと
身体の「スピード感」を大事にする
ナナパパのスポーツ指導のおかげで、
瞬発系スポーツが得意な身体に仕込まれた。




この2つが自分の身体形成のルーツ。



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小中で実施される連合陸上大会では
高跳びと短距離走の選抜選手をし、
高校時には体育優良生徒として都知事から表彰された。




走ることとボールを思い切り投げることが
とてつもなく気持ち良く感じたことから、

  バスケット
  バレーボール
  テニス
  バドミントン
  陸上等、

転校が多かったことを利用して
とにかくたくさんクラブ活動で取り組んでみる。



(ここで数種類に亘る走り込みや下半身鍛えを
尋常じゃなくやりこんでしまったことが大誤算。
私の太いふくらはぎは標本もの。うう。)








しかしながら
これだけ色々やりながら一番得意だったのは
スポーツテストでの「ハンドボール投げ」。
群を抜いて良く飛んだ。


身体のバネを使い切る感覚が
たまらなく快感だった。







どうやら
ルールなどにとらわれないで
「身体をぶんぶん振って感覚を楽しむこと。」

これが私の特性であって、



身体が動くうちに
このバネのある柔らかい筋肉たちを
最大限使い生かすことがまずは使命であり



そして
私が周りに伝えていくべきこと、



なのかもしれない。



なんとなく
自分が今に至るまでをつらつらと
書き綴っていこうかと。


では、はじまりはじまり。




家族事情。



―――――――――――――――――――――


バトンやジャズダンスが趣味で
その美貌から某全国美人コンテストで
最終選考まで残っちゃった母。



「女の子が産まれたら
 とにかく音楽と踊りをさせたかった。」と、

  ピアノ
  エレクトーン
  クラシックバレエ
  ジャズダンス、

その他には

  そろばん
  習字
  公文
  スイミング
  学習塾など

たくさんの習い事をさせてもらった。



私と妹の育児に落ち着いてから始めたパート、
2年足らずで本社マネージャーになるまでのぼりつめる
その精神力の高さは私の目標。


ピンチな時に
ホントに大事なことは何かを教えてくれて
揺らがない強い愛をくれ続ける
唯一無二のおっきい存在。


時々かます天然娘発言が愛くるしい。



――――――――――――――――――――――


6つ年下でピュアな妹。


慎重派で心優しいので友達がとにかく多い。
私と正反対なのでうらやましいところ。


笑いのツボや話の観点が激しく一緒で
何時間も話し続けて徹夜になったり
夜中うるさくしすぎていまだに親から叱られる。



いつもふわふわニコニコと
頼りない妹を演じてくれてるけど、
実は全然私より強くて
大事な時にビシッと叱ってくれる大事な存在。



――――――――――――――――――――――


スポーツメーカーに勤務していて
学生時代はスポーツコーチ(水泳.スキー.サッカー)を掛け持ち
パントマイムの一発芸をたくさん持つ父。



スポーツの基礎はもちろん、
耳の動かし方や
小鼻のふくらまし方
頭皮の動かし方、
人差し指と小指を交互に使う指ダンス「お猿のかごや」。


それはそれは丁寧に教え込まれた。




「おっナナ、上手になったな!
 リズム感あるから
 お前、すっごいダンサーになれるぞ!」


この根拠のないパパの発言のおかげで
バカバカしいアイソレーションを重ねた結果、
とにかく今でも上手に出来る。
⋆アイソレーション=体の各部分を単独で動かすトレーニング


思えばこれが今のダンス人生の始まりだったんじゃないかと。



まだまだ新しい色んな分野に手をのばして
あちこち飛び回って仕事をするバイタリティ溢れる姿は
私の目指すべきところ。



――――――――――――――――――――――


余談。
パパの父はパパと同じくスポーツのコーチで、
ママの姉は現役のフラメンコ講師。





スポーツをするのに恵まれた血を引いていること。
これが自分の大事なルーツ。

映画を、映画館で見る。




これ、
自分にとって
とても大事にしている時間です。





その映画の世界にどっぷりと自由に浸かることができて、
現実と非現実を行き来することができて、
自分そのものを大開放できちゃう、
大事な大事な時間です。









フラッと一人で立ち寄れて、
公開したての映画であっても
人が少なくいつでもゆったり特等席。


そんな穴場な映画館があるんです。
人にあまり教えたくない感じの。
(分かる人には分かるお話。)



ここでの心地よさを知ってしまっているから、
どうしても他の映画館で見る気が起きない。





その大事な場所が、
地震の影響により
今も営業再開のめどがたっていない状態です。




私の今一番の贅沢なお願い事。
ここの復活を今か今かと心待ちにしています。










…って、
この記事を先週末に書いてはみたものの
なんとなく
すぐにアップする気がしなかったので
いったん保存だけしていたら、


4日経った今日、
営業再開のお知らせメールが届きました!!!





ほほう。



また、ひとつ念が通じた…。
(…これも分かる人には分かるお話。)