セミの音に残る「戦禍」 隅田公園、なぜか一種類のみ(朝日新聞より) | 星が語る『Star』~Astrology Cafe~

セミの音に残る「戦禍」 隅田公園、なぜか一種類のみ(朝日新聞より)

 64年前の東京大空襲で焼け野原となった東京都墨田区の隅田公園には、セミのなかではアブラゼミ1種類しか繁殖していないことが、東京大総合研究博物館の須田孫七・協力研究員(78)の5年にわたる調査で分かった。須田さんは、空襲でいったん地域のセミが全滅し、復興後も川と急速な宅地化により、アブラゼミ以外のセミが公園にたどり着けていない可能性があるとみている。

 隅田公園は、隅田川をはさんで墨田区側(約8万平方メートル)と、台東区側(約10万6千平方メートル)に分かれている。須田さんは5年前の8月、台東区側では、アブラゼミとミンミンゼミの音が半分ずつ聞こえ4種が確認できたのに、墨田区側ではほとんどがアブラゼミだと気づいた。墨田区側では、死骸(しがい)の羽もアブラゼミだけだったという。

 須田さんは、東京学芸大を卒業後、中学校教諭などを務めながら東京都内の昆虫を調べ、専門書の執筆や観察会などを手がけている。現在は「東京の昆虫相の変遷史」をテーマに研究中だ。

 隅田公園周辺は1945年3月10日の東京大空襲で、大きな被害を受けた。須田さんは当時、地元の友人の安否を確かめようと、空襲から3日後、徒歩で現地を訪れ、壊滅的な状況を目の当たりにしたという。

 調査では、空襲関連の文献にも目を通し、改めて当時の被害や範囲も確認した。

 須田さんは、(1)大空襲で地域の昆虫のほとんどが全滅。セミの幼虫も焼き尽くされた(2)復興後、他の昆虫の多くは植樹や河川敷を利用して木々にとりつくなど生態系を戻したが、木とその根元の地中をすみかとするセミは、雌雄ともに飛行距離が比較的長いアブラゼミが、焼け残った場所からたどり着くにとどまった――とみている。

 台東区側では、西にある上野公園や東京大キャンパスなどから街路樹などを伝ってセミが繁殖範囲を広げたが、墨田区側は、隅田川と周囲の急速な宅地化で公園が隔離され、虫が移動できる道ができなかった可能性があるという。須田さんは「ミンミンゼミの雄が来ることもあるが、メスは行動範囲が狭く、命がつなげないのではないか」と話している。

 圧倒的なアブラゼミの鳴き声に交じってミンミンゼミの声も時々、聞こえるが、わずか数匹。「戦争は生き物にとって壊滅的な環境変化。影響や復元に目を向けた研究も必要ではないか」と指摘する。

     ◇

■空襲との関係、詳しい調査必要

 昆虫に詳しい群馬県立ぐんま昆虫の森園長の矢島稔さんの話 ミンミンゼミはもともと東京の平地にはほとんどいなかったが、今はとても増えている。戦争から60年以上たって、限られた場所だけが聖地のように昔の姿を残しているのは非常に不思議な感じがする。もっと広い範囲でセミの分布を詳しく調べないと、空襲との関係は何ともいえないのではないか。

 〈東京大空襲〉 45年3月10日、米軍のB29重爆撃機による焼夷(しょうい)弾攻撃で、東京・下町の墨田、江東、台東各区を中心に約40平方キロが焦土と化した。一夜で約10万人の命が失われたとされる。

以上、朝日新聞より。

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