下りるために登る
23年前の8月12日、浜学園の盆休みの初日であった。
珍しく、家で、のんびりしていた、夕刻、テレビ画面は、異様な緊張を見せ始めていた。
まだ、現役の新聞記者であった父も、稀稀、休みで、家にいた。
家人が皆揃っている夕刻、聞こえていたのは、ただ、緊迫した画面からの断片的な情報のみだった夏の日。
そして、あの夏から、同僚の6年間の同級生や、つい、20メートルほどのところのご一家や、大好きだった元タカラジェンヌや、同級生の先生や、父の知人や、その他、何人もの知った名前を、一度に失った夏から、23年経とうとしている。
それでも。
私は、きっと、映画館に足を運ぶことはできない。
あの夏、新聞を、まともに読み通すことができなかったように。
決して、終わらない夏。
読み進めることも、途中で投げ出すこともできないまま『クライマーズ・ハイ』を、まるで気が進まないかのように、ぽつりぽつりと、読んでいる。
あの夏。新聞紙面を、最後まで、明瞭な視界で読み進めることができなかったように。
新聞社の支局の上にあった、支局長住宅といわれる、特別で奇妙な空間で、子ども時代を過ごしてきた私には、『クライマーズ・ハイ』の北関社内の大部屋の空気に、手で触れるような気さえするのだ。
下りるために登る。
私にとって、今や、『クライマーズ・ハイ』は衝立岩である。
私は、何から下りるために、登ろうとしているのだろう。