81.花唇

「ふっ…俺はもう少しあなたを喰らっていたいのだが…イムジャの食欲には勝てぬな」

己の腕の中に身を預けているウンスの瞼に、濡れた唇を押し当てる。

ウンスは頬を赤く染め、甘美に潤んだ瞳でチェ・ヨンを見上げた。

「もう…私なんかいつでも食べられるでしょ？今も迂達赤の食事は時間厳守なのよね？早く行かないと…んっ？…やだ！そんなところにつけないで…見えちゃうじゃない！チェ・ヨン！」

優しく抱き締められているだけのはずなのに…ウンスがいくら彼の腕の中もがいても、チェ・ヨンはびくともせず…首に真っ赤な花びらの痕をいくつも残されてしまった…

「これで転ばずに済むでしょう。それに…あなたのその顔を皆に見せるつもりもない」

チェ・ヨンはようやくウンスの体を解放すると、薄く色づく頬を両手で包みこみ、艶めいた声を投げかけながら、喉の奥で笑った。

「どういう意…あっ下を俯いていろって事ね！もう！あなたったら…」

長い髪で首周りを必死に覆い隠しながら、困った人ねとウンスは目元を綻ばせる。

（いつもそう…こうして直に触れ合うと…彼の思うがままにされてしまう…当たり前よね…もっと触れて欲しいと私自身が望んいるんだから）

「さぁそろそろ時間もない…参りましょう。本当に飯が食えなかったらイムジャに恨まれそうだ」

口の端で笑いながら、ウンスの薄紅色の唇を親指で軽くなぞると、耳元にしっとりした声でささやきを落とされる。

「ふふ、くすぐったい…恨むだなんて大袈裟ね。でも本当にお腹がすいたわ！早くいきましょ」

チェ・ヨンは、まだふわりと色香の漂うウンスの柔らかな背に、優しく手を添えながら食堂へと戻って行った。

中に入ると皆の目が一斉に二人を捉える。

ほんの一瞬しん…と静まり返った食堂だったが、トクマンの咳払いと共に時間が動き出した。

どうやら先ほどのことは筒抜けのようだ。チェ・ヨンに睨まれたトクマンは、逃げるように鍛錬場へ行ってしまった。

チェ・ヨンは一番奥の柱の影にある、いつも自分が座る席の向かいにウンスを座らせた。

「ありがとう。ふふっ懐かしい…あなたの指定席は今も変わっていないのね」

「ええ、ここが一番静かで落ち着くのだ…飯を取って来るので、お待ちを」

チェ・ヨンが立ち上がると、テマンとイルソンが膳を運んできてくれているのが目に入ってきた。

「すまぬな」

「ありがとう、二人共…テマン君、肩の傷が痛いでしょうに…無理しないでね」

「は、はい！医仙様、このくらいどうってことないです」

「あの…大護軍、申し訳ありませんでしたっ！わ、私のような者が…医仙様に…」

イルソンが大きく頭を下げ、チェ・ヨンに謝っている。二人が執務室に行っている間に、トクマン達に色々と釘を刺され怒られたのだ。

「…イルソン…何か、悩んでおるようだな。…いや、イムジャは何も申しておらぬ。だが…俺も役に立つ事があるかもしれん。気が向いたら話に来い」

「あなた…さすが私の旦那様ね」

この人は本当に頼りになるわよと、ウンスが嬉しそうに微笑んだ…

「大護軍っ！医仙様…はい！ありがとうございます！もう大丈夫です！では鍛錬に戻ります」

「あぁ…怪我には気をつけるのだぞ」

「はい！」

＿＿＿＿＿＿＿＿＿二人が食事を終え、鍛錬場へ行くとチュンソクが慌てた様子でやってきた。

「大護軍！例の男ですが…取引に応じると…どうされるのですか？本当に牢から出すおつもりで？」

「そうか…あぁ…良い餌になってくれるだろう…今から奴のところへ行く…テマン！一緒に来い！チュンソク！スリバンに連絡を！」

「は、はい！」

「わかりました」

「イムジャ、ここで待っておるか？」

ウンスは顔をパッと輝かせ首を横に振りながら、チェ・ヨンの顔を見上げた。

「行くわ！行くに決まってるじゃない」

チェ・ヨンはフッと微笑むと、目を細めてウンスを見つめた。

「そう言うとは思うたが…怖くはないのか？」

「あなたが一緒に居てくれるんでしょ？大丈夫…怖くないわ」

「医仙様！そ、その首はっ…！奴らに首を絞められたのですか？大護軍！某も奴の所へ共に参ります！医仙様にこのような仕打ち…到底許せることではありませぬ！牢から出す前にきつく締め上げてやらねば！」

チュンソクが怒りを露に二人に詰め寄った。

ウンスが先ほどの事をすっかり忘れ、首筋を晒してしまっていたのだ。確かに首を絞められた痕のように見えなくもないのだが…

「あっえっと…違うわよ！お、大きな虫に…刺されただけよ！本当に大丈夫だから…」

ウンスは慌てて髪で隠しながら、横で腕を組みながら含み笑いをしているチェ・ヨンを睨みつけた。

「そういう事だ、チュンソク…すまぬが後を頼んだぞ。」

「しかし…はっ！わかりました」

「イムジャ、まず医仙の服に着替えねば…迂達赤のまま会えば、ここに紛れ込んでおると触れ回っておるようなものだ」

「それもそうね。前に迂達赤だった時…元の断事官ソン・ユにこのまま会いに行っちゃって…その後兵舎から攫われちゃったのよ…後も付けられちゃったみたいだし…馬鹿よね。すぐに着替えるわ！ちょっと待ってて」