ありったけの灯りを部屋にともし、縫合の準備に入る。
「チェ・ヨン、この人押さえててくれるかしら?多分…暴れると思うから…」
「はい、動かぬようにしておけば良いのですね?」
ウンスはコクコクと頷く。
「すみません、ヨンイルさんも手伝ってもらえますか?」
「はい、私は何をすれば…?」
「まずよく見ていて下さい。それから…麻酔無しでの縫合になりますので、かなり痛みを伴います…彼と一緒に、患者が動かないように押えていてもらえますか?縫う痛みはありますが、腐ることも殆どなく治りはとても早くなりますし、傷跡も目立ちませんから」
「おい!聞いていたか?少し我慢をするのだぞ」
「…えっ…へい、承知しました」
「これを噛んでいて下さいね。では、始めます」
傷口に消毒液をかけただけで男はビクッと動いた。
「ちゃんと押さえててね」
「はい」と、チェ・ヨンとヨンイルが返事をし更に力をいれ男を押さえつける。
「少し我慢してくださいね」
ウンスが男の足のパックリ開いた傷口に針を通す。まるで縫い物をするかのように…男は痛みに顔を歪め、口に入れた布を噛み締め必死に痛みに耐えていた。ウンスは早く終わらせようと、速度を上げる。その姿はチェ・ヨンには懐かしく見慣れた光景であったのだが、初めて見たヨンイルは瞬きも出来ぬ程驚愕していた。
無理もない…人の身体を釣り針のような針と糸で縫っていくなど誰が思うであろうか…
それは…その眸はあの遠き日に垣間見た、友の眼によく似ていると思った…完全にイムジャに引き込まれている…この男もまた天界の医術に…いやイムジャに魅了されてしまったのであろう…。はぁっと思わず溜息が漏れる…。この方はまた…。
「はい!終わったわ。それじゃあ次の人!」
もう一人の縫合も無事に終了し、トクマンとテマンの作ったクッパを村の広場で皆で食べることになった。
「ねぇチェ・ヨン…みんな本当に嬉しそうね。」
子供達だけでなく、女や長たち男も皆…顔を綻ばせ欠けたお椀を手に集まってきた。
「このような物でも馳走なのでしょう。ここにはまず米がない。あの山の斜面の田畑が見えますか?草しか生えておらぬ」
十六夜の月明かりに照らされて丸裸の山肌が浮かび上がる…。
「チェ・ヨン…このままで良いはずがないわ…あなたが農民達に土地を返してあげて…今直ぐ出来なくても良いから」
「はい…開京へ戻り陛下に相談するつもりでおりました」
「それと、みんなに家族も返してあげて欲しいの」
「キム・ソンミンと言う奴をテマンに調べさせています。相手を知らねば手立ても立てられぬので」
「ふふ、チェ・ヨン…4年で変わってくれたのね?前のあなたなら正面突破の一言で突き進んでいそうなものだけど…」
「あの頃は…馬鹿でした。死に急いでおったのですよ…今の俺は、どんなことがあろうと生き抜いて、守り抜かねばならぬイムジャがおる。己の命を大事にせねばあなたを守ることが出来ませぬゆえ…昨日あの木の下で申しましたが…正面突破はせぬと決めたのです。ようやくイムジャをこの手に出来たのですから…」
「チェ・ヨン…そうやって4年も私を待っててくれたのね…ありがとう」
ウンスがチェ・ヨンに寄りかかろうとした時、ヨンイルが二人のところへやってきた。
「医仙様、今夜先程の“ホウゴウ”とやらについて指南頂けぬでしょうか?ここの者たちは山深く入る事が多く、毎日のように怪我をしております。あまりに酷い者は傷が腐ってこの世を去ってしまう者までおるのです。私にあの“ホウゴウ”が出来れば…何卒お願い致します」
「今からですか?あっ…えっと…」
「良いではないですか?鉄は熱いうちに打てと申す。俺も護衛に付いて参ります」
「そういうことなら…良いですよ」
********
その夜、二人は時のたつのも忘れ、夜遅くまで医術について語り合っていた。ウンスはこの父親にそっくりな長の中に、今は亡きかつての友人…チャン先生も重ね合わせていたのだった。二人の話は全く尽きることがなく、縫合の話から手術、漢方薬、インフルエンザに天然痘など多岐にわたり、ヨンイルはとても良い生徒であった。
月が真上に上り、辺りを静寂が包み込む頃…チェ・ヨンが心の中の苛立ちを隠しながら短く言った。
「イムジャ、そろそろ」
ウンスはチェ・ヨンがそこに居たことすら忘れてしまっていた…。
「えっ?あっそうね…あなたは昨日も寝ていないし…それじゃあ、失礼します。おやすみなさい、ヨンイルさん。明日明るくなったら縫合の、練習をしましょうね?」
「はい、医仙様…ありがとうござました」
二人はヨンイルの家を後にする。
チェ・ヨンが後ろも振り返らず前をどんどん先に歩いて行ってしまい、ウンスは小走りに後を追う。
チェ・ヨンらしくない…何か怒っているの?ヨンイルさんのことかしら…
「あっ?!」 ウンスはチェ・ヨンばかり目で追っていたので、足元にあった石に気づかず転んでしまった…思いっきり転んだのでチマは破け、膝や掌から血が滲んでいる。チェ・ヨンが慌ててウンスを立たせ汚れを叩いてくれる。
痛みのせいではない…涙で視界が霞んでしまう。
「大丈夫ですか?……泣くほど痛かったのですか?さぁ…」
チェ・ヨンがウンスを抱き上げる。彼の胸に顔を埋めると
「…すみません。二人を見ていて…少し…」
「うん。わかってる…ごめんなさい。でも…今は触れ合えるほど近くにいるのに…心が離れてしまったら…これまで離れていた時より淋しくなる…夢で同じ光景を何度も見たの。あなたに触れようとするのだけれど、どんどん先を歩いて行ってしまい触れる事の叶わないあなたを…。」
チェ・ヨンはウンスをギュッと抱き直す。
「イムジャ、すまぬ…。泣かないで下さい。あなたに泣かれることが何より辛い…。テマンが風呂を沸かしてくれておるようです。参りましょう」
「ありがとう、チェ・ヨン…今日はあなたも眠って…」
「俺は眠らずとも大丈夫です」
「じゃあ私も寝ないわよ!」
「俺を脅す気ですか?…はぁ…わかりました」
二人の顔からはやっと笑みがこぼれた…
こうして二日目の夜もまた、二人を優しく包んでくれたのでした…











おはようございます
昨日の100話構想…待ってますよ
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あっ
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