すまぬチュホン…今はお前に頼るしか…頼む。イムジャのために、走ってくれ…
昨夜、ウンスを探していた時とも違う恐れ…喪失感…
俺の者になって下さると…本当に今宵、俺のものになってくれたイムジャ…俺の腕の中で悦びに震えていた。
あの、夢のような時間……まだイムジャの感触がこの手に、唇に、身体中に残っている。俺の悦びをイムジャは理解しておられるだろうか?
天界へ帰さねばならぬと、心を引き裂かれる想いで居た昨日までとも違う恐れ…
この先、生きておる限りそばに居て下さると…一生守ると誓いをたて、その誓いにイムジャは笑うて頷いてくれた。
世に言う婚儀の約束のつもりだった…。
イムジャを…そしてこの想いを…俺は守らねばならぬ。必ず…!
痺れ薬の麻痺は殆ど感じられない。
チェ・ヨンはチュホンに揺られながら丹田にすーっと気を集めて行く。
んっ?
チェ・ヨンは何か感じ、チュホンの歩みを止め、気配を消し去り近くの林の中に隠れた。
40~50人位居るだろうか?
黒づくめで、目だけが開いている衣を来ている。
こやつら…さっきの奴らだな?やはり黙家のようだ。この走りの速さは尋常ではない。
イムジャはどこに…?
いないようだ。
こやつら、全員殺ってしまうか…?
…いや時間が惜しい…正面突破はもうやめると決めたではないか…
その集団は見る見る小さくなって行った…
やはりイムジャは天門に連れて行かれたのか…こやつらがここにおると言う事は、天門には、キ・チョルしかおらぬのだな…。
開く前に迎えに行かねば…
先程の話の通りなら、天門をくぐってしまうと、俺の元には戻れず、ここよりも昔のときへ行ってしまわれるかもしれぬと…
そんな事になったら俺は…くっ!
後悔ばかりが先にたつ。
以前叔母に石を投げられ当たってしまった時を思い出す。“腑抜けめ”と叔母に言われた…その通りだ。イムジャをこの手に抱き、その香りに酔いしれてしまった…イムジャが近くにいるとイムジャにしか気がゆかぬのだ…。
今ならこんなにも遠くから奴らの気配を感じられるのに…
あの時はチュホンが倒れるまで気付かぬとは… 確かに腑抜けだな、俺は…。
イムジャ、あと1刻もすれば参りますゆえ、辛抱して下さい。
お怪我などなさらぬように…
キ・チョルは、必ず仕留めます!!
チェ・ヨンはチュホンに跨がり、天門へ向け風のように走った…焦り、恐れは閉じ込め、ウンスへの想いだけを胸に…
夜が白々と明けていった…
