フィリピノ旦那と結婚記念日 7周年 | Haruのセブ⇒NZ⇒オーストラリア生活へwith my asawa and baby

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フィリピン人旦那と娘と息子と私。
セブ島で約2年半ほど暮らし、旦那と当時3歳の娘を連れて2015年6月にニュージーランドへ移住。
2021年7月にオーストラリアへ移住してきました。

こんばんはー!

 

 

 

 

 

今週に私と旦那の結婚7周年記念日を迎えましたベル

ケーキを買ってきてくれて、子供と一緒にお祝いキラキラ

 

ニュージーランドに自分たちの親がいれば、ちょっとの間だけ子供たち預けて2人だけで久々のディナーデート♪なんてしてみたいものですほっこり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年に一回の記念日なので、今回もいろいろ思い返しつつ旦那への感謝を込めて。

 

 

 

 

出会った頃までさかのぼってみます。

 

 

 

 

元々の旦那との知り合ったきっかけはインターネット。パソコン

自分でもネットで知り合った人なんて怖くない?と思っていたので自分自身にビックリですが、世の中何があるかわかりませんね。

 

約9年前、当時使っていた、勉強している言語で日記を書くウェブサイトを使っていました。

私は英語を勉強していたので英語を母国語とする人が間違いを直してくれたりコメントをくれたりします。

逆に私は日本語の日記を直してあげたりしていました。

 

そこで日本語をちょっと勉強し始めた旦那がコメントをくれたのが始まりです。

今考えるとすごい出会い方かも。

 

コメントしあううちに仲良くなり、約1年くらい忙しい合間をぬっては毎日のようにビデオ通話やメッセージで連絡を交わした後、当時はフットワークの軽かった私は、「会いたいな。うん、会いに行こう!」と即決。

 

フルタイムの舞台衣装製作のお仕事を退職して、フィリピンへ!飛行機

 

 

 

 

学生時代からずっとセブ島に住んでいた旦那は、お金が無いながらもマニラまで飛行機に乗って迎えに来てくれました。

旦那の家族はほとんどがマニラにいて、旦那の故郷の一つでもあります。

 

マニラの家族親族共々が貧困層に当たるんですが、そこの旦那の実家らしき路地裏まで行き、たーくさんの人に囲まれつつご挨拶。最初は衝撃的だった住まい

空港までのお迎えまでも一緒に来てくれていたお義母さんは、

とってもフレンドリーで明るくて気さくでさばさばしていて優しく強気の「おかん」そのものでした。

 

 

その後すぐセブ島に発ち、セブ家での生活がスタート。飛行機

旦那の父方の兄弟(旦那のおじさんおばさん)がセブに住んでいるので、そちらの家で旦那も含め一緒に生活。

 

セブ島って行ったことない方もしくは観光でしか行かない方は、

海!リゾート!!ってイメージらしいのですが、全くそんな場所ではありませんでした。

 

むろん私自身そんな生活をイメージしていたわけではありませんでしたが。

セブではMandaue(マンダウエ)やCebu Cityのマンダウエ側に住まう日本人の方が多いと思いますが、

私の場合は絶対外国人なんていないであろうかなりローカルな場所での暮らしをしておりました。もっと南西の方のタリサイ寄り

 

いろいろある便利な場所でもなく何処へ行くにもジプニー2~3回は長々と乗っていないと着きません。

シャワーはお湯は出ず水のみ、停電するし家に冷蔵庫も洗濯機も無いし、何もないんです。家自体はキレイでした

 

 

なんでも便利な日本の生活から一転して、よくそこでいきなり生活しようと思ったなとも思うけど、そこは若さですね~。

まあ当時はなんでも来い!の柔軟な思考だったし、いろんな不便さも含め自分の知らなかった異国での生活で色んな経験ができて嬉しさもあったと思います。

 

 

 

 

 

そんなこんなでローカルセブ生活を満喫しつつ仕事も見つけて、その後あいちゃんを授かり。

当時から自分たちのなかでは結婚の話もでていたものの本格的に急いで結婚手続き開始。

子供ができると生活は本当に一転しますね。

 

なにもかもが子供中心で疲れもイライラもあるけど、子供が笑ってくれるだけで嬉しくて家族の絆も強まり思い出も増えました。

 

あいちゃんと5歳差でけんくんもNZで授かり、より一層にぎやかになりドタバタも増えました。

 

 

 

 

一時転々とし食に困った子供時代に、父の他界、セブのおじおばからの圧力もあるなかの生活、大学費用がなく政府からの試験に哲学科で通り通えた大学やその中退、看護大学の卒業、英語教師に看護師にIELTSテストにNZ移住。

沢山の試練を乗り超えてきた旦那。

 

セブ生活当時は、日本人だけでなくフィリピン人のお友達からもなぜ彼なのかと不思議に聞かれたことが何度もありましたわ。なんだったら気を付けた方が良いよって注意までしてくれたわ笑

セブにいた頃の経済的に不安定だった時とは大違い、今ではしっかりした一家の大黒柱ですお父さん

 

 

 

 

 

 

家族には短気なところもあるし、毎日のようにオンラインゲームしたり、ケンカしてイライラすることもしょっちゅうですが、旦那と出会えて本当によかったなーと思います。

 

この家族だけではなく他の家族や友達からも頼られることも多く、昔の自分のような不自由はさせたくないといつも家族を考え、期待に応えようとし、お仕事もがんばってくれております。

 

 

 

面白く頭もよく家族思いで頼りがいのある誠実で尊敬できる、そんな旦那です。おぉなんか書いてみると思ってるだけよりすごい人に感じる笑

 

 

 

 

出会った頃の23歳の時と比べると私も旦那もどんどんおばさんおじさん化してきておりますが、

じじばばになるまで一緒に笑って過ごせますようにキラキラ日本×フィリピン

 

 

 

 

 

 

 

出会った当時マニラからセブ行きの空港にて、まだういういしい私と旦那の初写真。

 

 

 

 

それではおやすみなさい~

Happy 7th Anniversary asawa ko!