泣く旦那 | Haruのセブ⇒NZ⇒オーストラリア生活へwith my asawa and baby

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フィリピン人旦那と娘と息子と私。
セブ島で約2年半ほど暮らし、旦那と当時3歳の娘を連れて2015年6月にニュージーランドへ移住。
2021年7月にオーストラリアへ移住してきました。

こんにちはイチョウ

 

今日は日差しがでるものの、足が冷え冷えです。さぶっ

靴下2枚はいた方がいいかな。

 

 

 

 

 

さて、今日は旦那のことです。

少し暗いお話になります。

 

 

実はつい最近、セブにいる旦那のおばさんが急に天国に行くことに。

まだ40代後半という若さでの、心臓発作だったようです。

何かしら持病はあったようですが、心臓の発作はおそらく初めてやったんかな。

なんでそんな若さで・・と思うけど、旦那いわくフィリピンのオイリーな食べ物が原因だと思うと。

 

 

 

旦那にしてみれば、小学時代にマニラの実家からセブのおばさんの家に一人移り、大学まで卒業して職に就き、私と住むようになるまでずっと一緒に暮らしておりました。

つまりは、育ての親でしょうか。

 

すでに父をなくしている旦那ですが、そのときと同じくらいの悲しみのようです。

 

 

もしかしたら何度か書いたことがあるかもしれませんが、旦那の実家はいわゆる貧困層です。

マニラにいる実の母には経済力もなく、一人目の子供である旦那にすら大学に行かせる余裕なんてありません。お金も職も無いのになんで兄弟7人も子を作ったのかと、日本人の感覚を持つ私からすると全く理解できない部分も多々ありますが。

フィリピン人でもどちらかというと富裕層の方とご結婚された、セブでお知り合いになった日本人女性とお話すると、旦那と状況が違いすぎてびっくりしたこともあるし。。

 

まぁ、それはさておき。

 

 

フィリピンでは大学を出ないと並の職を見つけるのは難しいです。

子供時代に、そのセブにいるおばさんのはからいでセブに呼んでもらい、なんとかして大学に行くため、政府からの試験を受けた旦那は中でも得点のよかった哲学分野の学校に援助で入れることになったけど、セブのおばさんのさらなるはからいで、(セブのおばさんの姉にあたる)オークランドのおばさんの援助を受けて看護の大学を卒業できました。

 

旦那は、若い頃に苦労してきたものの、お給料のお安いフィリピンを出て、今海外で働けているのはセブのおばさんのおかげということでもあります。

 

 

「おばさんは苦しんで逝くべき人じゃないのに。 お世話になったのに、自分は何もしてあげれなかった。まだ何もしていないのに。」と、泣く旦那。

旦那が泣くところを見るのはこれが始めてかもしれません。

 

 

私はセブのおばさんと以前5ヶ月ほど一緒に住んだことがあるものの、そこまで深い関わりはなかったので涙することはないけれど、そんな旦那を見ると私も悲しくなるわ。

 

 

まだ旦那と結婚する前のことやけど、おばさんや旦那や義妹たちと5ヶ月ほど一緒に住んでいるときに、空いている部屋に住ませてもらうということで、指定された金額をおばさんに払っており、後々になって「水代とかも払うという条件のはずだ!」とか最初話に無かったことを、さらにもう一人のセブのおばさんAやおじさんら(フィリピン人って兄弟多いからおばさん達もいっぱいいるんよね、ややこしいわ。)と旦那がめっちゃ揉めることに。そこに今回お亡くなりになったおばさんもいたんやけどね。

 

そのおばさんAは私達に、「払うか、家を出て行くかどちらかにしろ!」と怒鳴り責める。

仮に最初に払うという話があったとしても、普通家族やったら、旦那にもそんな責め方せんやろ!と私も怒り、言い合いになり、結局は支払ってさらに旦那と家も出て行くことにしたけど。

 

後に、仲直りしたけどね。不信感を抱いた私は、うわべ上だけ仲直りしたところがあるけど。

そのことだけではなく、それ以前にも家族じゃないような扱いを受けたこともあったようやし。まぁたぶんおばさんAの方から。

 

 

旦那は、きっと家族への想いが強いんですね。

フィリピン人ってそういう人多いしね。

 

「自分が苦労してきたから、自分の大切な人にはそんな思いはさせたくない。」って言ってたこともあったし。

 

 

 

旦那にとって大切な人だったということなので、フィリピンに帰ったら?と何度か言ってみたけど、結局帰らないようです。

3人で一緒に行こうともいわれたけど、いや、私もう妊娠8ヶ月ですし十何時間も飛行機に乗ってずっとイスに座っとくとかおなか張るしリスキーで行けへんわ。車に乗るだけでも毎回息苦しくなるのに。

 

旦那に一人で行くよう説得してみた、

「1-2週間くらいやろ?それくらい旦那なしでも大丈夫やし~ (一方の私の心の声:私の国際運転免許きれるしあいちゃんの送り迎えは歩きか・・・このお腹で距離的に1日2往復とか絶対しんどい、どうしよう。もっと早く切り替えてればよかった。ってか送り迎えと仕事の時間かぶるし、どうしよう。)」 

「一人ででも行って来たらいいやん!お葬式に間に合わんかったとしても行ってきたら? (心の声:旦那がいないと私って何もでけへんわ・・頼れる存在と深く実感するわ。早く帰ってきておくれ~。)」

 

何度か行くよう言ってみたけど、あいちゃんと妊婦の私のことを思ってなのか、やはり今回フィリピンには帰らないそうです。

 

変わらず仕事も行ってるし、悲しみはまだ続いてると思うけど数日前よりはだいぶ落ち着いていつも通りの様子です。

 

 

おばさーん、旦那を見守っててね~曇り