海外に住んでいて思うこと | Haruのセブ⇒NZ⇒オーストラリア生活へwith my asawa and baby

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フィリピン人旦那と娘と息子と私。
セブ島で約2年半ほど暮らし、旦那と当時3歳の娘を連れて2015年6月にニュージーランドへ移住。
2021年7月にオーストラリアへ移住してきました。

こんにちは星

ニュージーランドに引っ越してきて2ヶ月が経ちました。
時が経つのは本当に早いな。気づいたら還暦をむかえているんじゃえっ・・・それはないか。

こちらは最近さらに寒くなってきました。雪の結晶
はやくニュージーランドの夏を経験してみたいな。
冬は一日の中でも晴れたり雨が急に降ったりと、本当に何度もコロコロ天候が変わるけど、夏はあまり雨は降らないようなので待ちどうしいな。

タイルアの住み心地は、いい意味でフツーです。
環境は良く、便利すぎもせず、不便すぎもせず。
でも、田舎の方なので運転できる旦那がいなければたぶん不便に感じているかも。





私の海外で住んだ場所といえば、フィリピンのセブ島とニュージーランドのタイルアのみです。海外旅行は学生の頃に一度ヨーロッパに訪れたくらいでほとんどの国に行ったことがありません。日本国外で住んでいて思うことっていっても何も難しいことなんて考えておらず、トラブルの回避を心がけているだけ。日常はいつも手さぐり状態だったりもします。

以前のフィリピン生活では、初っ端からフィリピン人に囲まれて生活していて、ジプニー3つ乗らないとだいたいの目的地にはたどり着けない外国人なんて一人もいないダウンタウンで生活をスタートしていました。
自分の身を気をつけながらの生活はあたりまえなので、どこにいても警戒することが身についた気がする。良くも悪くも。
あいちゃんが生まれてからは、キッドナップの多いフィリピンでは誘拐に気をつけていました。まだ安全な日本に帰ってきてもこれがぬけず、あいちゃんがもう3歳になっても実家前の敷地内ですらあいちゃん一人でお友達と遊ばせておくことができませんでした。


フィリピンでの生活をスタートさせた時はまだ歳も23と若く、「無知やったからできた」ということも多々あります。
最初から受け入れることができた習慣もあれば、フィリピンでのタブーや慣れないこともあり、スッと受け入れられなかったこともあり、時間が経つにつれて、だんだんとフィリピンの人々や生活に馴染めてきました。家

ニュージーランドに来る前には、これがまた1からか・・とは思っていました。

こちらでは、周りに親しいニュージーランド人がいないので、そういったこの国でのタブーや習慣に触れる機会がかなり少ないです。まだまだ慣れるには時間が掛かるかなと思いつつも気ままに生活を送っています。
土地は違えど生活習慣が変わるわけでもなく、旦那とあいちゃんといつも通り暮らしているだけですオランウータン





海外に住んでいる以上、何をしようが自分たちは外国人やから、いくら移民が多いといえどある程度の心構えはできているつもりです。

私が学生のとき、海外でも働いたことがある服飾の道で有能な先生が言っていたのを覚えていて、
まぁまぁ前の出来事なんやろうけど、その先生の教え子が海外に移住したところ現地の子供たちに「自分の国に帰れ!帰れ!」と急に石を投げつけられたそうな。ちなみにイタリアですが。
それについて、その先生は「それが普通や。石を投げられて帰れと言われても当然と思っとかなあかん。」と言っていました。
その時は、ん~そうかな・・とその意見に少し否定的に感じていたけど、今は理解しています。
もちろんウェルカムな人も沢山いるしほとんどがそうやと思うけど、でも日本国内以外では、「自分はよそモノ」そう思われてもそうゆう対応をされてもしかたがないと、常にそう思っています。
あたりまえと思う人もいれば、考え方が寂しいなって思う方もいるかもやけど。

用は気をつけているということ。主に治安面で。
日本みたいにいかないということ。


フィリピン人のお母さんと日本人のお父さんを持つ、ハーフの男性のお友達が以前言っていたことやけど、子供のころにお父さんの仕事上で海外を転々とすることがあったそう。
日本はもちろん、ニュージーランドもその一つやったみたい。
彼が言うに、「どこにいってもいじめはあった」と言っていました。ちなみに彼の第一言語は英語です。英語からスタートしセブアノ語にタガログ語、日本語を学んだのが小学校に入ってからで日本語の勉強はかなり苦労したと言っていました。
なので英語がぺらぺらでもアジア人というだけでいじめにあったそうな。
歳は今は30代でしょうか、前とは時代が変わっているかもしれないけど、学校でも外でも、あってもおかしくはないと思っています。自分にもあいちゃんにも。旦那・・・はそこまで心配でないな。笑 得意げ


今住んでいるところは比較的治安の良い場所のようやけど、家の中にいても何があるかわからないと構えている部分はいつもあります。特に夜。
そんなに気を張って疲れないか?と自分で思ったこともあるけど、
だいたい用心することには治安がよろしくないフィリピンで学んだので、これが普通になってきています。
今は守らないといけない子供の存在があるのが大きいとは思うけど。

なにも、深く考えているわけでもなく、ただ注意をはらって生活しているだけです。
ニュージーランドはだいぶ治安が良い方だとは思うけど。油断はできないしね。



言葉は・・あたりまえやけど、現地の言葉が上手く話せないだけ不利です。
言葉もコミュケーション能力も乏しい自分はかなり危うし・・。KUMA ガーーン

これはフィリピンでの話しやけど、仕事終わりの夜に旦那に迎えに来てもらうはずがこれなくなり、一人でタクシーに乗ってダウンタウンまで帰ることに。近くならいいんやけど、ジプニーならスムーズに乗り換えできて50分くらい。タクシーなら確か30分くらいの道のり。
外国人がジプニーに乗ることも安全ではないけど、いくらタクシーが高くないといえどタクシーやからこそ違うところにつれていかれたりとか、あとはぼったくりは日常茶飯事です。
とにかくぼったくりを回避するために「私はフィリピン人」的な雰囲気をだしながら笑、旦那に携帯で電話しつつわかるビサヤ語を踏まえて返答したりしてちまちま話していました。
するとぼったくられませんでした。笑 いや、たまたまかもしれません。

英語でもいいからコミュケーションとって仲良くなっちゃったほうがぼられないのでは?とも思ったけど、マニラでは義母が仲良くドライバーと話していたにもかかわらずメーターが動いていないということがあったので、なんとも言えない。その時の運もあるかな。


日本でも他の国でもいえるけど、例えばそれが現地で病院にかかり、専門用語で先生が何を言っているかわからなくてもそれはしかたがないです。(海外で日本人は日本語対応してくれるところもあるようです。)
住んでいれば病院にかかるかもしれないことも想定できるし、通訳できる友達がいつもそこにきて助けてくれるとは限らないし。

なので、自分に置き換えて言われても当てはまるので、それは私の自業自得だと思っています。
病院にいくことになれば英語ができる旦那の存在がかかせません。。
頼りきっているところがあるので旦那がいないときにボロがでそう。オランウータン はぁ、勉強しなければ・・。



あともう一つ、日本から離れているので、日本の家族にあいちゃんをなかなか会わせられないこと。そしてたまに思うのは、日本に帰るのに時間が掛かるということは、今後何十年後かに家族の死に目にあえないかもしれないということ。
勝手にコロすなと言われそうやけど、どれだけ急いで帰っても10時間以上は掛かるので。こればっかりはわからない。







長々と思うことを書いたけど、海外で危ない目にあった話は何度か知り合いから聞くものの自分は一度も無く、なんとかなっていることも沢山あるので、いろいろと思うことを頭の片隅におきながらも、いつも通り自分なりに楽しく生活を送るだけです。心だよ







最後に、小さいピンクハウスの中でぬいぐるみを寝かしつけるあいちゃん。