このブログの中で、私はこれまで何度か「犯罪被害に遭った」と書いてきた。


家庭環境のことや病気のことも、決して軽いものではなかった。

けれど、それらとは比べようもないほど、その出来事は

人生が変わるほどの恐怖であり、脅威であり、世界の全てが安全ではないものに変わる体験だった。

自分が立っていた世界そのものの前提を、根底から壊してしまうものだった。

安全だと思っていたものは安全ではなくなり、

当たり前に信じていたものは、何ひとつ信じられなくなった。

恐怖は一度きりでは終わらなかった。

警察の対応を含め、さまざまな場面で受けた二次的な被害は、数えきれない。

それでも、ここで心が折れてしまえば本当に終わってしまうと分かっていたから、

ただ耐えることだけを続けて、生き延びてきた。


精神科の医師からは、重度のPTSDの影響について説明を受けた。

喜びや楽しさといった感覚そのものが失われる状態がみられると説明を受けた。

何かをしようとする力が湧かない無気力や、無力感。

そして何より、先がない感覚。

本来なら先へと続いているはずの未来が、どこかで途切れているようにしか感じられないことがある、と言われた。

原因となった出来事に「理不尽さ」が多く含まれている場合、その影響は長く残りやすいとも。

そしてなによりも、最もつらいのは、フラッシュバックだ。その場面が鮮明に頭の中で再生される。苦しい。


このことを知っているのは、診察を担当した医師と、カウンセリングを行った心理士だけだ。


母に話そうとしたこともあった。

けれど、言葉は途中で遮られ、なぜか私は責められた。


だから今も、母は何も知らない。

知ろうともしなかったのかもしれない。


てんかんのことも、もう治ったものだと思っているだろうし、

私が通院を続けていることすら知らないと思う。

ただ、怠けている人間だと思っているのだろう。


だからこそ、あの言葉が出てきたのだと思う。

「下の人」

「出生前検査を受ければよかった」※出生前検査でてんかんはわかりません

「絶縁とかできないのかな」


人に話すことで理解が得られるどころか、傷が増えることのほうが多かった。

それならば最初から話さない方がいい。

そう判断して、私は自分の中に閉じ込めることを選んだ。


犯罪被害の具体的な内容については、さまざまな理由から書くことができない。



結局、「世の中はそういうものだ」と、自分に言い聞かせるしかない。


そう思わなければ、生きていられないから。


世の中は、そういうものだ。


首藤はるか