このブログの中で、私はこれまで何度か「犯罪被害に遭った」と書いてきた。
それらの出来事は、人生が変わるほどの恐怖であり、脅威であり、世界のすべてが安全ではないものに変わる体験だった。
二次被害を何度も受けたが、ここで挫けたら二度と立ち上がれないとわかっていたので、なんとか耐え続けた。
精神科の主治医から、重度のPTSDの後遺症として、無気力と、喜びや楽しさといった感覚そのものが失われる状態がみられると説明を受けた。
あわせて、未来が続いていく感覚が持てず、先がない感覚、あるはずの未来が途中で途切れているようにしか認識できなくなることがある、と言われた。
また、原因となった出来事に理不尽さが多く含まれる場合、影響は長期化しやすいとも説明された。
このことを知っているのは、診察を担当した医師と、カウンセリングを行った心理士だけである。
母に話そうとしたこともあったが、言葉を遮られ、「どうせ繁華街でも歩いていたんでしょ」と怒鳴られた。
そのため、母は私が被害にあったこと自体を知らない。知っていて私を責めることを言ったのかもしれないが。
母は何も知らない。てんかんも完治していると勘違いをしているようだし、定期的に通院し続けていることも知らないだろう。
だらしない怠け者だと思っているようだ。
だから私に「下の人」「出生前検査受ければよかった」「絶縁とかできないのかな」などと言ったのだろう。
人に話すことで二次的な加害が増え余計に悪化するだけだと判断し、人に話すこと自体をやめた。
犯罪被害の具体的な内容については、さまざまな理由から書くことができない。
世の中はそういうものだ、と自分を納得させるしかない。
世の中は、そういうものだ。
首藤はるか