"その日。"【誕生に日に咲いた"ありがとう"の花】─(回想と思い出話し記事綴り。) | はるブログ「私の時間.書き綴り場所」

"その日。"【誕生に日に咲いた"ありがとう"の花】─(回想と思い出話し記事綴り。)










私が生まれた"その日"誕生に想った"ありがとう"が咲いた花─【回想と思い出話し記事綴り。】










*【記事下記部分に追記記載(2026年5月1日)/書き足した部分を記載しました。】*

(どうぞよろしくお願いします。)








【こちらの撮影写真は、最近撮影した写真で、我が家の食器を並べて
"誕生日おめでとう"を祝いを込めて撮影しました。】








【過去記事に投稿した写真を今回再投稿しました。】








タイトル
"その日。"【誕生に日に咲いた"ありがとう"の花】
─(回想と思い出話し記事綴り。)









4月最終日、

"4月は私の誕生日の月で、
春の季節,ちょうど新年度でバタバタとしてる最中、"



毎年,思うことは同じで、

そういう風な思いと、

"そうそう!"と、途中思い出したこと、
去年書いて投稿しそびれ下書き中のままだった、
去年の誕生日前に書いてた下書き記事綴りと一緒に、(去年書いてた下書き記事を抜粋して今回の記事と一緒に投稿しました。)






─それとは別に、─
あらたに書いてた今年の誕生日前に書いてた記事を、




(去年/今年と一緒に合わせて書いて,読み返しながら書き加えたり書き直しの部分も,
"新しく書きながら、")



☆【前半の部分が─今年の誕生日前に書いてた記事です。】


☆【後半から結びにかけての部分が─去年書いてた下書き中だった記事になります。】






4月の"その日。"
誕生日だったので、



今回の記事は
私が生まれた日,ありがとう。(回想と思い出が咲いた話し芽生えはじめ嬉し蕾)



誕生日に想う"私のありがとう"咲いた花。




という想いの中で、
"その日や、"


"その日じゃなくても、(日々の色々も、)"

いろいろな季節の巡りを思い出しながら、



"あらためて「私が生まれた日,おめでとう。」"


と、
ゆったり気長に,そんな風に思いながら綴りました。









☆(今回の記事でお話ししたいこと)
(書いたこと大まかな内容です。)





◇私の4月の誕生日に想って感じたことを
"ありがとう"の想いに綴り書いた内容と

私が生まれた日,ありがとう。の内容途中から(回想と思い出が咲き話し弾み

紆余曲折を経た"いろいろな思い出と回想する中で,

なんだか不思議と垣間みえたような気がしたような気がした

"芽生えはじめ嬉し蕾の話し"





─ありがとうに包まれて
幸せなやわらかな想いへ
"ありがとう、"─



年甲斐もなく"嬉し"を咲かせたかったという
そんな風な雑記綴りのように書いた

そういう風な色々な話し綴りの内容です
(だと…思います。)










4月の季節
私の誕生日でした。


"私が生まれた日,ありがとう。"

成長してることを願いつつ
日々とともに新たに一歩ずつ


マイペースに歩みながら
季節を感じる瞬間と今と

そして,これからと,
その先へと

私の五線譜物語。
4月の誕生日とともに
ドレミとファソラとソラドと

一音
1つ
一歩
一ページ





─春の季節4月最終日に書いた
私の話しに花咲いた話し,─



はじまり
はじまり♪





"(その日を回想から始まった,その話し)"





"私が生まれた日から数え歩き続けてく道を
今も歩けていることが嬉しい日

私の誕生日の日の朝
そして誕生の日が終える日付け変わる瞬間"





その繰り返しの4月の私の誕生の季節を
ゆっくり
ゆっくりと歩いてきました。








─遡ること私が誕生した,その日、─




亡き両親が
"それぞれに私の誕生した時の事を思い出を話して聞かせてくれた当時がありました。"





4月,その日,私は予定日よりも早く誕生
低出生体重児として,
この世に産声をあげ誕生したそうです。


(2026年5月2日追記と書き直し記載。)↓
(←"低体重児出生児"と間違えて記載していたので追記書き直し改め上記の方に,"(低出生体重児として,)"と,書き直し記載しました。)











*(その後,2つ下の弟が誕生し、
平成の時代に誕生した11歳年の離れた妹が誕生しました。)








【こちらの撮影写真は私の誕生した際に記録されてたもので、亡き母から生前に渡された母子手帳です。】



【(4日目)と記載されてた部分は、
私が誕生して直ぐに黄疸の症状が酷くでた為と
黄疸の症状が,直ぐには,ひかなかった為と
母も,また私を出産後直ぐに体調を崩し、
そういう,いろいろな事が重なり,記載されてた記録になったのだと思います。】










誕生して直ぐ黄疸の症状が酷く重く
保育器の中で症状の経過の様子を診てくれてた当時のお医者さんが


亡き両親へ生前の頃
私が誕生した当時,その時


静かに,こう話して説明をしてくれたそうです。




「黄疸の症状がひく様子も経過を診ながら,あまり変化もないと判断した時は設備の整っている大学病院の方へ紹介状を書くこともある可能性があることを1つ頭に入れていてほしいことと,今はそれしか説明出来ないけれど,黄疸の症状がひくように一緒に頑張りましょう。」


「小さく誕生したけれど産声は、
どの赤ちゃんよりも元気そのものだったから,それ以上の余計な心配はしなくても大丈夫です。どうぞ安心して誕生した赤ちゃんに保育器の外からでも構わないから
誕生してくれた嬉しい想いを声を届けてあげてくださいね。」



「元気に産声をあげて,親御さんに声が届くように元気に泣いて誕生してくれた素敵な親思いの赤ちゃんに出逢えて良かったですね。小さく誕生したけれど,とても元気な赤ちゃんで安心してくださいね。
成長も発達も,その後の環境や周りとの関わりの中で芽生えて育って成長して発達していくものだから、
優しく温かく見守ってあげてくださいね。」




「誕生おめでとうございます。」




退院前後そんな風な温かな言葉をかけていただいたそうです。


もちろん当時の私は誕生したばかりなので
覚えてるはずも記憶もなく




黄疸の症状もひいた後
おおよその平均の新生児の体重になれた時お医者さんからの許可が出て
保育器の中で管や機械で繋がれて眠っていた私は,ようやく保育器から出られて




同学年の同じ新生児室で誕生した皆よりも
少し遅く退院出来たという思い出話しを聞いた記憶があり今でも鮮明に,その聞かされた思い出話しの内容は覚えていますし、亡き両親と私の宝の思い出の話しの1つとなりました。



その時の,その場所にいた方々皆さんの温かな優しいおかげさまの中で
誕生早々に色々な直面にあってた私は
支えられ救われ

ひとりの人として
ひとつの命として

数限りない応援に生きる日々を時間を幸せを与えてもらって

0から"そのスタートとともに歩きだして,"


"スタートラインに,ようやく辿り着いて、"





─"やっと1つ目のスタートラインに並べて立つことが出来た。"─




"それは決して当たり前なことではなく,"


"その時"
"その日"
"その場所で"

"一緒に喜んでくれた一人一人の
やわらかな優しさのおかげで、"




─"私自身の空の景色や色や風の流れを感じることが出来る、"─


"幸せ"は、
その年齢と
その時々に変化はするものかもしれないが


"それで良いと感じる思える"

その瞬間の流れと景色の中でしか感じられないような

"そういう風な、"

"それぞれの内面の中に感じる幸せがある。"





保育器から出られて
新生児の平均体重までなった時


当時の,お医者さんからの退院許可が出て

新生児室から(病院から)


我が家へと向かう前に
当時,近隣に開店したばかりの写真屋さんの
オーナーさんが

新しく開店した写真館の記念と
誕生して,ようやく退院叶った私の退院と誕生祝いを聞いて訪れて来てくれてたらしく


その写真をお祝いにと撮ってくれた記念の一枚,所々に褪せてる箇所はあるものの
きれいにアルバムに保管されて今も大切に残っている。



バンビの柄のイラストが描かれてた小さな
おくるみに包まれて
新生祝いの誕生写真の記念の一枚が残っているのと


当時の母が記録してくれてた母子手帳
交付のところに神奈川県と記されてるのと
誕生した場所が沖縄だということ




(亡き母が生前書き残してくれていた
"私の成長への想いが確かに証として
言葉が並んでいた。")

(遠い距離が続いてた時間の思い出の影は
母が記録して綴ってた
"その想いの言葉に薄れていった、")




─ひとりの人として生前の若き頃の母の面影を母が書き記し残してくれていたページごとを開くたびに"叶えたかった優しさを,母の優しさを感じたかった欠落を探していた,空いたままの"その空洞化されたイチピースの部分を、"─

きっと,今の年齢の私は知りたかったのだと思う、

求めずとも"失うことのない母からの想いを探していたのだと思う、"

"愛される幸せな幸せを,"
許しをこわなくても愛される本来の愛を
きっと,今の年齢の私は母の中に,その想いが一欠片でもあったのかを知りたかったのだと思う、


母自身が選択した"その時の母の素直な面影を感じてみたかったという,曲がり屋さんのぶきっちょマークと,いつの間にか曇っていた霧のベールを拭い払い捨てながら

当時の母の想いが綴られてた記録の言葉を通して"その想いと向き合っていた、""



言葉を綴りながら、
生前の若き頃の20歳の頃の母は

笑っててくれてただろうか,




その時のことは知らないけれど、
─気持ちの中で幸せが勝り,─

"やわらかな想い溢れて
きっと…,きっと,そうだと良いなぁ、"




(幸せな笑顔で包まれて笑っててくれてたら嬉しいな、)



"素直な想いで,そう想っていた。"




当時の,その日

やわらかな季節
─その日のことも、─
空の天気も
風の音も


私の誕生した,その日の景色は知らないけれど

思い出の中に感じる優しいやわらかな温かい光りと灯りを感じていた。


なんだか、
ホンの少し"心が照れハニカンデ、"

"ポッと嬉しい風に包まれたような、
そんな気もした、"


それは,確かに,やわらかな音の風だった。




ホンの少しだけ
"優しい母がいたことを知れた、"




"私を抱いて笑顔の母は優しい美しい笑顔の母がいて、音楽カセットテープを手に握って写ってた幼い小さな私がそこに写っていた、"



"父と凧揚げをして空を見上げてる横顔の小さな私の姿がチョコンと写っていた、"



弟や妹と違って写真の枚数が少ないのは
当時,カメラを購入する我が家的な家計の状況ではなかったことと、




母方の方の亡き大正生まれの祖父母の方に預けられ共働きしてた両親が出勤する時間帯の頃を覚えはじめた幼い当時の頃の私は



祖父母が世話をし,あやしながら押していた乳母車の中から顔を出して
出勤する両親に向かい手を振っていたらしく、


涙一滴も溢さず泣かず
「バイバイ~~♪」と元気に笑って手を振っていたらしいそうです。




歩き始めの頃は階段を手づかみして上り下りを覚えたてだった当時の私は


さらに、
"覚えたての技を磨いたのか!?否か!?"





当時,幼かった頃亡き両親とともに住んでたアパートのドアを開けて、



当時,まだ若かりし頃の年齢だった亡き両親へと向かって、



軽くお辞儀をし、

「バイバイ~~♪」と元気に笑って手を振って嬉しそうに別れを言い残し
当時,お気に入りだった音のなる靴を半分履きしながら満面の笑みで去っていったと…




それは、
それは、
とても嬉しそうに満面の笑みで
別れを幸せいっぱい喜んでいたという




そのままドアを閉めて、
"(幸せいっぱいな歩き始めの歩き方で
"るんるん♪"と、
我が家をあとに
亡き両親へ背を向けたまま振り返りもせず逞しく勇ましく去っていったらしいそうです。)"





そういう"何気ない日常の思い出話しを、"



その話しを,だいぶ年月が経った頃、
亡き両親から思い出したように
その話を聞かされた頃は大人へと成長していた当時の私でした。




"今の大人の年齢の私が思うに…,"


母方の方の亡き大正生まれの祖父母の方に預けられてた頃からの当時の幼かった年齢だった私は、

周囲の様子を観察して
察知するということを違う意味で捉えてしまったまま成長してしまっていたのかも!?
しれません。



"ものわかりよくしとかないと、とか、"
"変に周囲に気をつかっていたのかな…,と。"



亡き両親が若かりし頃の年齢だった当時、
その頃,まだまだ幼すぎてた当時の私は、

こんな風に捉え単純に思っていたのかもしれません。



「バイバイ~~♪」と元気に笑って手を振って嬉しそうに別れを言い残しても、



"それは,さよなら"ではなくて、
"また直ぐ会える"
と、そんな風に捉えてしまったまま



"さよなら"が悲しいとか切ないとか
そういうことも当時は,幼かった年齢そのままの捉え方や思いで、

("たぶん…さよなら"したあとは、)
【また直ぐに会えるものだとこどもながらに,】




"(単純に,そう思ってたのかもしれません!?)"




【泣いて学ぶ場面で】
【泣かないことを学び…。】

(素直に素顔で笑っても良い場面では真面目を覚えてしまい、)




─"どこか子供らしさが感じられず、"─


そんな風なこともあったなぁと、
触れ回想し思い出す中、


思い出ごとの場面に出逢いました、



(こんな風だったのかな!?)



─知らなかった当時のページを開く。─




私の歴史のはじまりが,母が記録して残してくれていた,その私と同じ年の母子手帳とともに幕があがった。


母方の祖父母と
(亡き大正生まれのサトウキビと田んぼを営んで農業,農家をしてた祖父母)


父方の亡き祖父母と
(公民館の区長さんをしてたと聞かされてた祖父と,大正生まれっぽくない現代っぽさがあった亡き大正生まれの祖母)



亡き両親を囲んでいた大勢の親戚知人や
亡き両親の人数多めなきょうだいの方々


その後,私の生育/成育過程の環境の一部分となった数々の季節/月日/時間/その日/その時/その後/その場所/その瞬間




どれも,これも1つ1つが私の歩みの道で

その足どりは,いつと遠回りと空回りとスレ違いの五線譜を弾いて歩き続けてきたリズムが鳴っていて,鳴っていた、




─そういう時は,いつも"こう思うようにしている。"─



今は今の、
自分自身だけの時間が持てる
"そういう幸せがある,"





独り独身でも
今まで味わえなかった
独りなりの自由な時間を過ごせられる
そういう時が"やっと訪れたんだから、"



もう自分自身の為の幸せを生きなくちゃね

今は今、
"それ以上も
それ以下も掴めなくて良かったんだよ、"



掴まなかったから逆に
"今必要な幸せを掴めたのかもしれないよ、"


また流れも変わるし変化だって自然にある


同じ流れは続かないから、

だから,それなりにで良いんだよ、
そういう"やわらかな幸せだけで"
今は,それで満たされてるのだから、


この先,変わる幸せも,
巡る季節や月日とともに"変化する、"



─"変化する幸せに出逢えるって幸せだね。"─


自然に流れる,特に何か剥きになる年齢は、
そういう若かりし頃の"熱い勢いとやらは、"
そういう季節は,もうとうに過ぎ去ったし

今は今の年齢から感じるままの"自然な自分自身で幸せなんだよ、"



(でも…まぁ、ね、)
─きっと…かどうかは,あまり強くは解釈出来ないけれど、



"そのまま、"
"そのままの自分自身で幸せにね、"
望まなくても自然と向こうから
次の変化の幸せが彩り変えて現れるから


ゆっくり
ゆっくり
音と一緒に五線譜の道のりを鮮やかに

やわらかく



亡き両親が生前の頃の当時、

保育器の中で機械で繋がれて眠っていた私は,


誕生日の4月の日を迎え過ぎて想う気持ちに
一年ごとに"変化のような,"
日ごと変わる"違う想いが、"


─"変わるガワルと万華鏡のように、"─


"違う景色や"
"違う想いを"

気づかせてくれた、



そういう風な今年4月の誕生日でした。


とても不思議な気持ちで客観的に自分自身の誕生日を見つめていました。


とても不思議な想いで自分自身の誕生日の日を想いながら、

"私自身が誕生した空は、"
"どんな空だったのだろうかと、"



不思議が溢れた
不思議な誕生4月の私の誕生日と

そんな風に客観的かつ他人事のようにみつめていた4月私の誕生日、



日付変わる時



その瞬間と時間を
とても不思議に
とても不思議な想いと

とても不思議で
とても不思議でした。




確か一年前の4月の誕生日は、
"感謝の想いからはじまり、"


ありがとうの想いが届きますように。。













そして新たな年の4月の誕生日、
"不思議が溢れてました。"


こんな風に"不思議が溢れてました。"と書いてる誕生日を迎えている自分自身を
一年後の私自身は想像さえしていなかったと思います。




まぁ…書きながら浸る自分自身が
"とても不思議な生き物,人なのかも、"


と、
─並べ書き綴り再び思い返しながら,─




嬉しいや
亡き両親へ
そして,きょうだいへ

"ありがとう感謝。"

そんな風な一年前の誕生日とは違ってて



今年の誕生日の"その日は,"
とても不思議でした。



(なんというか…,)



"子供の頃想像してた今の年齢の私を、"

今の年齢の私自身がシンプルな空に包まれた誕生日を迎えてた、
という、




(未来は今で、)
(来世が未来!?)
みたいな想像を小さかった頃の当時の私は描いてた?
ような気もするので……!?

(自分自身の"めでたい誕生日の記憶は、"
薄ら薄らと,だいたいは…もう忘れちゃってる部分が多いのですが、)

(そういえば?誕生日…だったなぁーと、)


あっ!今頃思い出しちゃった!?
気が付いたら月日は変わり、
【早……一年後。】



そういうリズムや感覚のひらきが
さらに,ひろがり、


一年って大人になると早くて濃くて
スピード加速しているような時間の流れにも感じるような…,



だから,季節の移ろいが柔らかく愛しく感じられるのかな、と思ってみたりする部分も
ここ数年は増してきたようにも思う自分自身がいます。




素敵な日常の彩りを感じながら歩ける今、
─それは,いちばんの誕生日プレゼントなのかもしれないと、─




(そんな風にも,なんだか不思議と幸せ感じ思いながら、)





─こうやって書き綴りながら思い出を掘り起こし振り返ってみると、─




小さかった頃から、
どんな想像を描いてたのだろうと、




─大人へとなり今、─
さらに不思議は深まるばかりだった今年の誕生日だった,"その日。"…。





小さかった頃とたいして変わらない部分の方が多くて、


─それも,また不思議深まるで楽しく開拓。─



変化していく景色を目の前に今と、

そんなには変わってない部分への今と、






不思議だらけな想いの新たな年のはじまり
私の4月の誕生日,"その日でした。"





そんな不思議な想いさえも
─"きっと何かの繋がりの入り口なのだろう、"─



その瞬間を大切に生きていきたい
前向きとか後ろ向きではなく

"自分自身に向かいながら。"


不思議に出逢えた想いに
"感謝。"






(また,一年後の誕生日の,"その日は!?"
どんな気持ちに出逢えるのだろうか、)




そんな風に思った不思議と一年後の誕生日,"
その日を描いて想像に希望を抱きながら。"



生まれた私"ありがとう。""おめでとう。"
─誕生日の日が私のプレゼントだと,"─
そう思った"その日の誕生日でした。"






1つ1つの時間を築きながら
一歩一歩と元気に笑い歩いていけるように


"私の私にとっての幸せと生きていきたい。"




"幸せの想いやカタチは
カタチないものと見えない部分にある幸せな風が,そうなのかな!?と、"



想像に希望と幸せを描き育む部分に吹いてくる柔らかな風。



カタチは見えないけれど


その部分にも"幸せ"が,あたたかく吹いていると、
そういう想像を幸せな想い包まれる時間の中で,時々,時折は自分自身の為に触れてみる優しい時間を過ごす。



そういう風な風を感じながら、


風とともに"やわらかく,"

そんな風な"やわらかい"が、

そんな風に"やわらかく、"


未来は今吹いている風の中にある
それを描きながら
柔らかな愛しい風を"再び思い出しながら、"

私は私の
私にとっての今を
─幸せに包まれた今を生きる。─



2026年4月誕生日"その日。"感じ思ったこと、

"その日。"のお話しでした。





☆(2025年4月誕生日前に書いてた下書き記事)




春の季節は
"私の新たな始まりでもある。"

誕生日という私だけの"その日"
"その空の彩りがある。"



そして、
今度の誕生日を迎え、
私自身,また1つ年齢を重ねました。


最近,ぼんやりと,
"ゆっくりと、"
今までの私自身を振り返ってみたり、

冷静になり私自身の今後や今を
考えてみたり


そういう時間か,ようやく持てるようにも
"自分自身"という面を通しながら、

今ある生活環境と軸足の中で
その中での私自身の
"今の周り全体を見渡しつつ"
からの思って考える機会や
その時間が以前に増して比べると増えたようにも感じます。


年齢も,ある程度重ねゆく

その中で、

─思ってみたり─

(考える部分は,それなりにあります。)


また違った視点や視野の中で、
─今までを振り返ってみたり、─
これからの私自身を考えてみたりと、

そういう時間を過ごしてたのかもしれないと、
そう考えてイメージをしてみるコトも
過ごす日々の中で忘れた頃に"ふと浮かび思い出しながら、時折触れたりしながら、"
案という考えで考える部分と、
綴るといった部分で思いながら考え書いてる部分と,1つではないのですが"そういう風な自分自身の為に考える部分を、"
以前にも増して深く大切に大事に育みながら,そういう"自分自身の為の時間に触れるヒトトキを持つ、"



描いてた理想は"置いて、"


"寛げる幸せを育み自分自身の時間を大切にする、"

すごくシンプルだけれど、

年々,重ねるごとに
一筋縄ではいかない部分も,若かりし頃の勢いとやらだけでは越えられない部分も多々出てきたし、
それは,当然,自然な流れなのだから、
ありのまま,"そのまま"を、
そう素直に柔らかな流れを心地よく感じながら思っている。



新たな始まりは"変化の幸せとの出逢い"だと

私自身,近年,思うことは素直にシンプルに
その想いが巡り



混沌とした世の中ではありますが、


"変化の幸せとの出逢い"が、
まだまだ,この先、
これから,未来へ向けての道のりの中で

一期一会の幸せ変化にも出逢えるかもしれないと、


気持ちは不思議と,
柔らかで優しく包まれていて

そういう新たな始まりを感じてもいます。


─巡り巡る流れとともに、─

"新しい始まり"のなかには、

自然な流れの"季節ごとの、"月日ごとの、"

─お別れもあり、サヨナラもあり、─

ともに過ごす時間さえ二度と叶わない

そういうお別れも自然にありました。



人は、
私自身含めて自然にそうなのですが、

"新しい"と同時に
"さよなら"が始まっていて、

それは決して悲観してるのでも絶望してるのでもなく、


"それが,生きる"という,そのままの道の姿だと,私自身の中で,そう思っていることで

人それぞれに"生きる─生き方も、"
想いも,考え方も,捉え方も,モノの見方も
何かへの解釈の部分だって違ってて自然なことだと思うので、




"(書いてる途中で
ウダウダ書きにと途中変わってしまいましたが、)"



そんな風なコトを少し思い考えるコトが
1つ1つと出てくるコトもあったり、


─イロイロをイメージしてみながら、─


変わりゆく今と時間の中で
少し考えるコトにあててみなから、

"今と,私自身を見つめ考えていました。"


先程も書きましたが、



今の私自身への問い掛けを掘り下げ深く
自然な流れとともに見つめ考える
そういう風な"今の自分自身へ向けての時間を過程の中で設けてみました。"



今の景色は
(過去)=(未来へ)と変わり積み重なる流れの中で、

年齢も年齢を重ね、
時間は止まることなく進み、

日々は変わることなく
─変わる。─


それを,さらに深く掘り
その部分を自分自身へと
問い掛けてみなからあらためて見つめ
考えてみました。


"今までの絡みの考えを解きながら
頑なにあり続けてた自らの内側の中にあった根もとの,今は,もう不要な軸足から、"
"変えてみながら、"


─今の私自身に必要なコトやモノを、─
視点や視野を広げて考えてみました。


私は"その中で="どう進んで、""
チョイス,選択をしていきたいのかを。


その中で見え隠れしていた部分が
少しずつ見えてきた
─それを、─


シンプルに考え見つめてみながら、
振り返ってみる中で問い掛けてみなから、




今まで歩んできた道のりの中で
─沢山の支えがあったコトや、─
様々な日々とともに、
イロイロな出逢いに出逢えたコト、
─決して1つではなかった─
今までの日々と時間。


私は,ここまでの道のりを
ただ,普通に
ただ、当たり前に
─その枠の中だけで生きてきていたのだと、─


なんとなくの中で
少しだけ気が付きながら、
見つめる中で気が付いていたコトに
─ゆっくりと気がつき、─



今までの振り返りを振り返ってみながら、



雨上がりの水溜まり
"涙"の景色に映り見えてた
そんな風に感じ思っていたコトも、



─それは、─



"涙を通して伝う"
─何かの優しい気付きへの始まりだったということや、─



雨上がりが映した
"(新しい次への,)"
自分自身への、
"何かの~何かなのかもしれないと。"



そんな風にも柔らかく思いながら見つめ考えていました。



1つ1つを通してが、
繋がり,ひろがり出来ていく過程を通過していく自然な流れが"巡りあわせてくれた柔らかく優しく愛しいと感じた想いがあります。"



─それは、─


"ありがとう。"という感謝の想いが巡り合わせ引き寄せてくれた"柔らかな幸せで、"


"ありがとう。"の想いを素直に伝えてみる中で育まれ成長し,また新たに誕生する"柔らかな風、"

伝えられた"ありがとう。"から生まれてくるモノ、


"新しい柔らかな風"


なんとなく、
そういうイメージを持ち抱きつつ、



私は、
私で。

今とともに、
自分自身の思いに素敵なままで。


"ありがとう。"を想いながら。


さりげなく

とても,ゆるやかな程好い心地よさで,
柔らかな,さりげないのままで,スキマだらけな程好い余白で輝く心地よい幸せを感じながら,そんな風に柔らかく感じられたらなぁと、


そうあれたら,なんだか幸せだなぁと、
そんな風なコトを思ってみながら。


─2025年4月誕生日前に書いてた綴り、─

今年,再び読み返しながら"新たな変化が誕生し、"


─2026年4月最終日の今日、─


こんな風に書いてる私なんだ~かんだ
いちばんの幸せ者な生き物なのかもしれないと、自惚れながら、
ひとりの人として,"誕生出来たキセキの日。"

─"最高の幸せをありがとう。"─




今回の記事は
この辺で、


記事を読んでいただきまして
どうもありがとうございました。



明日から5月の季節に衣替えですね、(^ー^)

"新しい季節の始まり、"
どうぞ素敵な始まりと優しい日々でありますように。


明日も優しい良い1日を。
"美味しいごはんのヒトトキを♪"(*^^*)



【好きな曲を少し聴きながら明日に備えて】
明日も頑張ります!
💤~~~~~💤(^-^)/










◆【2026年4月30日】

◇【ブログ記事更新のお知らせ】として
Xとインスタの方に撮影した写真と文を少し書いてポスト投稿しました。







前回の記事で今回投稿した記事を"ゆっくり"あらためて書きますね、と、
"少し触れて書いたリンク記事です。です。


(前回書いたリンク記事です。)↓

4月さんへ(時々忘れた頃のお手紙風)/少し雑記綴り/創作イラスト描きと写真撮影






誕生日の"その日。"に聴いた曲は
いろいろな好きな曲を巡りながら聴きました。

好きな曲の話しは、
また,ゆっくり記事に綴り書けたらなぁーと、
思っています。


"【音楽日記】第11回"の綴り内容の中でだとか、

まぁ、ほとんど私が好きな聴いてる曲との思い出系話しや、

少し書き足した段落の部分に書いたりしている
思い出の中でとか、今,最近知ったことがキッカケでとか、

だいたいの内容流れは、
そういう風な流れと結びで、


まだまだ試し試しの未知を開拓してるような手探りが続いての模索中の中中なので、


"ゆっくり"
"ゆるやかに"


マイペースに綴り書けたらなぁーと、

とても柔らかく優しく"ゆるやかに、"
そんな風に描いて思っているところです。

ゆっくりね。










*【2026年5月1日追記記載した内容部分です。】*





・(その後,2つ下の弟が誕生し、
平成の時代に誕生した11歳年の離れた妹が誕生しました。)



・(私の誕生した際に記録されてた亡き母から生前渡された母子手帳に記録されてた内容部分。)



・(4月さんへ(時々忘れた頃のお手紙風)/少し雑記綴り/創作イラスト描きと写真撮影,と書いた記事リンクを追加で置きました。)




・(好きな曲を少し聴きながら明日に備えて。
頑張ります、の部分。)



・("ゆっくりね。"そんな風に思っている
第11回目"音楽日記について少し触れ書き足した部分、")




・【2026年5月1日】に追記記載した内容部分は、
上記に書いた内容通りです。】



以上です。
(どうぞよろしくお願いします。)