ニール・ブロムカンプ監督・脚本の『チャッピー』を見ました。
同じ監督の『エリジウム』を、見た時の訳の分からなさが今回解決しました。
映画適応論は、まずレビューの分析から始まります。
人間のタイプをざっくりと感覚メインと理論メインに分けてみます。
低評価をつけてるレビュアーはさて何タイプでしょうかね。
『チャッピー』についてる低評価のレビューの内容の多くは、ストーリーが破綻してる、展開が雑などでした。
話の辻褄や展開の仕方の綺麗さを求めたがるのは、理論メインの方たちなので監督が感覚メインだと判ります。
映画の作り方が感覚メインだと判ったのに、理論メインで味わおうとするのは、ファミレスに行って味が気に食わないからと「シェフを呼べ」って言うようなものですね。
映画のベースとなる世界観は、監督が南アフリカ出身だからか差別がある世界です。
南アフリカは、人種が違うことからくる差別(アパルトヘイト)が存在してましたし、アパルトヘイトが撤廃された後から現在まで所得格差が横たわっています。
商品の売り方として、パッケージだけを変えて中身は変わらないけど、新しい雰囲気をまとわせるリニューアルってありますが。
南アの体制のひずみは、装いも新たに人種から所得へと見た目が変わっても中身は変わっていない、そんな状況が反映されている世界観です。
登場人物に前作の『エリジウム』では、ジョディ・フォスターが地球とは隔絶した富裕層が住むスペースコロニーのエリジウム(閉じた完全なシステム)を管理する役柄を演じてました。
『チャッピー』では、兵器メーカーの社長としてシガニー・ウィーバーが、主人公の開発した人間の心を持つAIを否定する役柄として登場しています。
監督の感情型としての心を圧迫する存在として思考型の母親の姿が浮かび上がってきているように感じます。
また、主人公と敵対する側に感情型が大事にしている、人の気持ちの通じ合う優しい世界を踏みにじっても気にしない天敵として、『エリジウム』ではクルーガーが配置されていて、『チャッピー』では、ヴィンセント・ムーアが存在します。
あらすじは、詳しくは触れませんので作品やwikiを見てもらうとして。
1発目の感情型のトラウマシーンは、スラムの中にチャッピーが取り残される場面です。
その時に、登場人物の1人が「学校がどうたらこうたら」と言うんです。
そのシーンは胸が潰れる思いがして目を背けようとしたんですが、すぐにそう言う気持ちの場面を探ると、自分が小学1年生の時の学校の雰囲気に結びつきました。
それまでの幼稚園時代は、感情型の先生がいて何か起きたら仲裁に入ってくれて、気持ちに寄り添われるし気にかけてもらえる。
仲良くすることが推奨されて、人に親切にするとお礼が言われてと優しい世界だった。
それが、小学校に行くと些細な問題には「幼稚園じゃないんだから」と先生も介入してくれない。喧嘩して一方が鼻血を出すみたいな事態にならないと仲裁がない。
気持ちに対して、気持ちで返してこないタイプがいて、男子にとって優しいが弱さと言われてしまう世界が広がっている。
童話のエンディングの「みんな仲良く幸せに過ごしました。」を信じて生きてきた人間にとって、世界の姿が一変する衝撃。
それを親に訴えても感覚の違うタイプを親が使ってたら共感の言葉ではなく、否定の言葉が返ってくる。
僕にとっての小学校のイメージは、『北斗の拳』や『マッドマックス』の世界のようでした。
スラムで住民たちに襲撃を受けるシーンは、その時の気持ちと強くリンクして胸を締め付けられました。
この気持ちを感じてから、この映画がどうやら感情型の感覚っぽいぞと気付いて、前作の『エリジウム』の不可解な展開の意味が「喜ばせよ」を通して見え始めました。(それは今回は置いといて。)
自分の中の感情型の部分を共鳴させながら見始めると、臨場感が増して感情移入もしやすくなりました。
チャッピーが創造主に問いかける「何で僕を〇〇したの?」って叫びは、養育者との関係で決断した「存在するな」から発した言葉に聞こえたりしながら物語はクライマックスへと向かいます。
どのタイプの作品にも言えることですが、エンディングにも大きくタイプの好みが関わっていて、そのタイプの大事にしているものが反映されていく。
ハッピーエンドかバッドエンドかには、人生の基本的立場が反映されてますが、そこに導く過程や結末にはそのタイプが大事にしているものが見て取れます。
感情型爆発の映画では、気にかけるし気にかけられたい、気持ちで関わっていたらいつか気持ちが返ってくる。
『チャッピー』には、そんな感覚が反映されていました。
幼少期に大事にしていた感覚、その感覚を理解してほしかった気持ち、素直で言われたことはそうなんだと飲み込める柔軟さ、マイナスな事柄に対して「みんな仲良くなれば良いのに」って思う感覚、そう言ったものを感じながら感情型の映画を見終わりました。
感情型の感覚がある人は見たら泣けるんじゃないかと思える映画でした。
「アシガール」のキャストが出てた「ハルカの光」面白かった。想像と信念で作られた脚本の居心地が良い佳作。
こんな作品を世に出せるのはNHKだけって感じます。
ただ、終わりに赤ペン瀧川先生のコーナーが無いのが寂しく感じます。
加藤ミリヤ「Lonely Hearts」を聴きながら