ストレスについて考えていて、自分が不思議に思ったことがあるんです。
応用行動分析とか、行動療法の考え方や理論の部分には思考型の影響が強いことは少し勉強したら感じると思います。
焦点を当てた行動について、仮説を立てて検証してみて、仕組みが明確になっていっている。
個別の案件の原因や、不確定要素が多い感情は触れない。
客観的に、観察可能な行動を検証し続けている。
それなのに用語、特に応用行動分析に使われる用語に面倒臭さを感じるんです。
それが不思議でならない。
正の強化や負の弱化、強化子、好子とか働きの方向や種類・分類が重なる部分がとても多くて複雑さを感じて、分類の仕方が思考的では無いと感じます。
その時の、複雑さにフロイトの精神分析の面倒臭さと共通してるような気がしています。
フロイトって、典型的な信念型だと感じています。
信念型と思考型が出てきて、知らない人からしたら何だそれ?
知ってる人からしたら、「あーはいはい」かも知れません。
とりあえずここで、信念型と思考型の似てるけど違う部分に触れてみます。
入口のドアは、信念型も思考型も共に思考で共通しています。
その中身は?と見ていくと。
思考型が誰かに思考(頭の中の考え)を文章を使って説明する時には、図や表を効果的に使って見やすく明確にした上で、言葉で分かりやすく的確に説明していく。
言葉だけだったら複雑だったり時間が掛かることも、図表を使って効果効率で説明していきます。
では、信念型が文章で説明するならいかがでしょうか。
まず、話の核になる土台の部分を時間をかけて丁寧に言葉で説明して、その説明も一方からの視点だと分かりにくいからと方向が違った観点からや仮定の話を使って、全方向から説明していきます。
言葉遣いは、難解だったり格調高かったり重厚だったりと、自分の話す素晴らしい内容と一致してると思っている言葉を使います。
その上で、最後は自分の説明に当てはまる権威者の言葉を引用して締め括る事が多いと思います。
前者の思考型の説明にぴったりなのが、ハンス・セリエの「ストレス反応モデル」です。
画像は
出典:文部科学省ホームページより
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/010/003.htm
(以下の、説明文は用語は画像の単語に修正したけど文章に関しては、公認心理師の勉強で読んだ解説や以前に勉強したストレス反応モデルの説明からざっくりと再構成しました。)
ストレスが掛かると、人間の心や体の中ではまず警告反応期のショック相の部分で、抵抗力が通常ラインよりグッと下がります。
その後に、抗ショック相に移行すると抵抗力が上がっていきますが、その上がり方は通常ラインを越えて高い状態を維持します。
抵抗期の状態です。
この抵抗期での通常ラインより高いラインの状態では、心身の活動が活発になるのでエネルギーに溢れたように見えます。
ただ、そよエネルギーが高い状態は長続きはせずに、エネルギーが切れてしまう疲弊期に入ると、通常ラインを遥かに下回るラインにまで落ち込んで、ストレス反応が現れる。
動けなくなって、心や身体に症状が出たりします。
ストレスに関する理論が、図を使う事で始まりがどう変化して行くかその結末までの流れが視覚的に明確になるので、文章が理解を手助けしてくれます。
こう言った説明を信念型がすると、どうなるかと言うと「馬恐怖症のハンス少年」の事例を説明するエディプス・コンプレックスの話になります。
フロイトがエディプス・コンプレックスの理論を確立するのに、自身の経験とともに大きな役割を果たした事例です。
かいつまむと、馬を怖がるハンス少年を探ってみると、お母さんへの愛着が父をライバルと無意識で感じていたら、敵意や怒りが馬への恐怖となって現れたらしいんです。
それを、説明と言うか補強するのにフロイトが使ったのが、ギリシャ神話の中のエピソード、オイディプス王(エディプス)のお話です。
フロイトの引用に、信念型のこじつけを感じてしまう内容は以下の通り(抜粋)です。
アポロンの神託(予言)で、「故郷に近づくな両親を殺すであろうから」と予言されたオイディプス。
養子と知らずに、両親(養父母)を殺したくないから故郷から離れる最中の峠での道争いから殺した相手が実の父。
辿り着いた先の、王を失った国である事がきっかけで王になって、前王(実父)の妻(実母)と結婚したオイディプスの話。
ギリシャ神話では、意識的にも無意識的にも母に恋して父と敵対関係にはなっていない話なんですが。
フロイトは、ハンス少年の事例で生まれた自分の仮説を補強するのに、西洋の祖先(これもこじつけですね)と称するギリシャの神話を引用するんですね。
今だったら、キリスト教やギリシャ・ラテン文化を自分たちの祖先とするのは「文化の盗用」と糾弾されそうですが、当時はそれが普通の感覚でした。
もし、「ストレス反応モデル」を作ったハンス・セリエが信念だったなら、恐らくストレス反応モデルは「イカロス・モデル」とか名付けられると考えます。
ストレスを受けて落ち込む(ショック相)
↓
ラビュリントス(地下迷宮)に幽閉されて落ち込みます。
抗ショック相で、抵抗力を上げて通常ラインより上がる。
↓
鳥の羽を蝋で固めて作った翼で空に舞い上がる。(地面を歩く人間から、空に飛び立った)
抵抗期で、心身活発で通常ラインより高い位置。
↓
調子になって太陽を目指す。
疲弊期で、通常ラインより下がって動けなくなる。
↓
翼を固めた蝋が溶けて、海面に墜落。
何か「ストレス反応モデル」と、ぴったりな逸話だと思いませんか?
自我状態Aを使い、仮説を検証して導き出したモデルと、権威付けのためにPで美化する。
タイプの違いが如実に現れているように思います。
信念型のフロイトの精神分析は、思考型の孫弟子エリック・バーンによって、システマティクな「やさしい口語の精神分析」と言われる「交流分析(TA)」へと進化していきます。
フロイトの信念エピソードについては、弟子との関係が壊れるきっかけは、フロイトの意見と違う意見を弟子が発表したとか、意見の否定が多かったりと信念型の特徴や好みストレス状態と絡めて述べたい所ですが。
フロイトの不適応な部分をもっとえぐると、信念型へのディスりになってしまいそうなので、自主規制します。
ただ応用行動分析の用語が、複雑で分かりにくい(難解な)ものに変わったのは用語を翻訳した方が信念型なんではないか?と思ったので、こんな長文が生まれました。
疲弊期に向かって、後は落ちるだけの恋の歌って印象。
tohkoの『ふわふわふるる』を聴きながら
