今日は、プレミアムでメンタルサポート研究所の代表倉成先生の講義を受講しました。
そこで、自分の引きのばしのメカニズムの1つの仕組みが理解できました。
僕がよくやる引きのばしの状況。
ある物事に対して、実際の行動に移す事(宿題をするとか、勉強するとか提出物を出すとか)は、僕にとっては「大変なエネルギーを必要とするもの」って印象があります。
なので、「やろう、やろう」とは思いながらも、別の行動(本を読む、スマホいじる、ゲームするなど)をしながら引きのばしの真っ最中には、「やらなきゃいけないのは解ってるんだ」と思って苦しんでいる事が多いです。
なので、僕はやる前の「イヤな気分」から抜け出して物事を進めるための気分転換をするために、ジュースやお菓子を食べたりして、何とかしてやる気を出そうとしてました。
これが、僕の引きのばしのパターンです。
さて、上の文章の中に実は、僕が引きのばしを続ける正の強化が潜んでいました。
以下、ABC分析をしてみると。
A先行刺激(行動に移す事)が入ると→大変なエネルギーが必要と考えます。
そうすると
B行動が、イヤな気分を感じながら引きのばしを始めます。
C結果は、気分転換のためにジュースやお菓子を食べます。
そうなんです、引きのばししながらイヤな気分を感じていたら、ジュースやお菓子と言う報酬が貰えてたんです。
ジュースやお菓子が、この場合は正の強化子ですね。(お菓子だけにとかは言わないで)
やる事のための「気分転換」って大義名分が有るなら、何もしてないのにジュースやお菓子を飲み食いする罪悪感を消せると思い込んでいる。
そりゃ、引きのばしやめられませんよ。
その上で何となく、引きのばし中のイヤな気分が強ければ強いほど、ジュースやお菓子が美味しくなっているんじゃないか?と、無意識で思い込んでるような気がしてます。(認知の歪み)
この自分が感じてる、イヤな気分を強く感じようと言う働きと、報酬に対する快の感情と認知の歪みとの関係については、今はまだ解らないです。
ただ、引きのばしながらのイヤな気分を、自分で駆り立てている側面があるのは確かなようで、今までの引きのばし行動にも共通しているとも思えるので、次回のカウンセリングでのメンタルケアのお題にしていきたいですね。
引きのばしは、信念型の「こうありたい」って理想に向かいたい気持ちが強くなりすぎていて、「こうあるべき」になっている時に起こりやすい傾向があるんです。
この時の、引きのばしの材料は自我状態がP優位なので、ゲームや漫画ではなくて歴史になる事が多いです。
なので、ブログを書こうと書き始めたのに、何故か「王佐の才」こと荀彧について検索して読みふける始末です。
話が脱線したところで、自分の心の扉を開けるのはここまで。
書き忘れていたので追加します。
ABC分析を支えているのが「三項随伴性」です。
行動理論って、とっても思考型の人が作ったんだなと感じる部分です。
心理学の中でも、特に科学的なアプローチ(実験での検証や効果測定)がされてる1つが行動療法です。
例えば、レスポンデント条件つけ(古典的条件つけ)の実験で有名な「パブロフの犬」は、ある音(ベルとかホイッスル)を出しながらエサを与えると(条件)、その音を聞いただけで唾液が出るようになるって内容です。
ある事柄の、仕組み(条件反射)を明らかにしているけど因果関係、パブロフの犬なら何故唾液が増えるのか?って原因には触れていません。
ちなみに、そもそも条件反射とか条件付けってなんなの?って思っていたんですが。
無条件反射って言う物が存在するんだそうです。熱いものを触ると、反射的に手を引っ込めますよね。
当時は、後から学んだのではなくて先天的に無条件で持っていると考えられていたので、無条件反射とされていました。
そんな無条件反射に対して、後から(後天的に)ある条件(エサを食べる時の音)をつけて獲得された
反射なので、条件反射とか条件つけなんだそうです。
パブロフの実験の「結果」を引き継いで、オペラント条件つけを研究したB・F・スキナーは、行動が増えるのも減るのも結果に左右されるよねって考えて、強化や弱化の概念を確立していったそうです。
研究結果を元に発展させて、さらに後継者が研究して発展していくと言う科学的な営みが繰り返されて行動療法は発展してきたんですね。
継承して発展していった中で、人によってそれぞれ個別の理由が出てくる「原因」の部分には目が向かなくなったのか、最初から目が向いてなかったのかは、解りません。
ただ、結果に着目してその仕組みの関連を見つけて、その結果の部分に注目したのが「三項随伴性」って言えるのではと考えます。
Aの先行刺激と、Bの行動、Cの結果と言う三つの項目は、因果関係で結ばれてるのではなくて、お互いが関連しているって言う、今ここの事柄の結果を分析するもの何ですね。
例えば、新しい場所に行ったら固まったり初めて会う人に対して怯える人見知りの子がいるとします。
固まったり、怯えるのが行動です。
結果は、お父さんにビクビクするなと叱られる。
すると、お父さんに叱られた結果さらにビクビクが強まるなら、結果が次からのビクビクと言う行動の原因になってるようにも感じます。
ただ、先行刺激として家でいつもイライラしてるお母さんがいたらどうでしょう。
お母さんがイライラしてるから、いつもビクビクしてるならそのお母さんのイライラが原因っぽいですよね。
ただ、原因が何だろうと個別具体的にすると百人百様で、仕組みがボヤけてしまいます。
そうじゃなくて、個別の案件の共通する部分を抜け出して仕組みを取り出して行くのが行動理論の流れなんですね。
因果関係ではなくて、互いに関連している(随伴)
先行刺激や結果が、行動を引き起こしてるなら。
先行刺激のお母さんのイライラを取り除いてみたり、結果の部分のお父さんが叱るのを控えてみる。
それによって、行動がどう変化するかを観察する。
変化がなかったら、アプローチが違ったから変えてみる。
変化があったら、何がどう影響して変化したのかを分析してみる。
とっても、明確で解りやすいですよね。
このシンプルさが、行動療法の最大の特徴だと思います。だから、マニュアル化して実践しやすいんですね。
そんな行動に着目した、システマティックな理論のはずが、何故か難解な用語でまみれてる行動理論です。
難解なフロイトの精神分析を、孫弟子のエリック・バーンが「優しい口語の精神分析」としてTAにまとめた。
この逆の事が起きてるようです。
この逆コースについては、その内意見をまとめてみようと考えてます。
取り急ぎ、今日の学びを今日の内に気づきをアウトプットしてみました。
少しずつだけど確実に、今までの自分の生き方から変化していく喜びと不安がないまぜです。
季節外れのこの曲を聴いています。
SCANDAL『Departure』を聴きながら