今までのわたしは、出来るだけ形に、未来に残るものだったり「実用的」だったり。
何か自分に見返り?があるような「もの」にお金を使うことが多かったんです。
なんとなく、そうじゃないと損するみたいな気がして。
でも自分で起業して、「自己投資」って形に残るわけじゃないんだけど、自分の未来の種になるなぁってことに気がついて、それから目に見えるものじゃないことにお金を使うことが増えてきて…
先日豪華客船「飛鳥Ⅱ」に認知症の母を連れて父と3人で初めて旅にでました。
最初はどうなることかと不安しかありませんでしたが、
飛鳥は定員800名のお客様に対して400人の従業員がいらっしゃいます。
2人に1人は必ずわたしたちお客様を支えてくださるシステム。
そのせいか働く皆様には余裕を感じます。
常に素敵な笑顔とあたたかい言葉が溢れていて、不自由な母にもどんな人も変わらず優しい手を差し伸べてくださる。
目の前にはどこまでも続く太平洋がゆったりの波打ちながら少しの揺れも感じさせることなく進む「飛鳥」は、ただの豪華客船ではなくわたしにとってはまさに「海上のディズニーランド」。
そのおもてなしたるや船内の至る所に感じます。
そのせいでしょうか…
母が旅から帰ってきても、飛鳥でのことを今も覚えているんです。
認知症の母にしたらさっきまでの出来事すら覚えていられないのに。
2年前に福岡に旅行に連れて行った時のことは一瞬で忘れたのに!(笑)
飛鳥のことは…今も覚えているのです…。
船内では至る所で音楽が生演奏され、夕方を過ぎるとみなさまがドレスコードに従って着飾り、各々ゆったりとお茶を飲んだりショーを観劇したり。
地平線に沈む夕日をぼんやりと先般から眺める優雅な時間。
そんな空間、音、人、雰囲気。
そして「家族」
全てが母はとっても楽しかったのだなぁ。と。
旅は「もの」と違って何か形に残るものではない…
役に立つのか?
母に?
特に認知機能の障害の強い母にとって、わたしは「旅」の持つ意味を深く理解していませんでした。
だって、思い出せないのに。
意味があるのかなぁって。
本人は辛いだけなんじゃないかなぁって。
でも、違ったのですね。
決して母の「思い出」にはならないけれど、一瞬でもいい。
「笑顔」が花開くその瞬間に、たった一時に。
使えるお金が今のわたしの「お金の価値観」となりました。
小さい時、いつも穴の空いた靴下を履く母のことを恥ずかしいと思っていました。
いつもわたしの卒業した中学の体操着を普段着にしているところも。
決して裕福ではなく、贅沢をしてこなかった母でしたが、父が最後にできる最高のプレゼントをしっかりと受け止めた。
そんな出来事がわたしの人生観も大きく変えてくれました。
バラバラだった家族だけど、そろそろそれも卒業します。
また飛鳥に会いに行けますように。
また家族揃って行けますように。
まずはわたしががんばります!
たかさかみや




















