なんと訳すのが良いのでしょうか。

カナダには女性の参政権、女性の権利取得に貢献したFamous Five (名の知れた5人)と呼ばれた女性たちがいます。

1880年代から1890年代にすでに活躍してなの知れていたアルバータ州出身の彼女たちは女性の人権運動に深く関わっていました。彼女たちを最も有名にしたのはカナダに憲法の前身となる英領北アメリカ法の第24条にあった「Person」が女性を含むか否かでカナダに最高裁では「女性はpersonには含まれない」という判決がおりました。これは女性がPersonとなると政界への進出が可能となることから、それは無理だろうとの判断からのようでした。

これを本国イギリスの枢密院司法委員にさらに上告し、最終的には判決は覆されます。

この判決の日がカナダで女性が「person」として認められた日です。

カルガリーのオリンピックプラザにあるFamous Fiveの像は、この判決の日の新聞を片手にするNellie McClung(写真右)、新聞を指差すIrene Parlby 、写真中央にはEmily Murphy、お茶のカップを掲げて勝利を祝うHenrietta Muir Edward(写真右)、喜ぶに手を握りしめつつ誇らしげな表情をしてネリーを見つめるLouise McKinneyです。

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(写真はWikipedia より)


私はこの像が大好きです。カナダではカルガリーとオタワの2カ所にだけある像らしいです。

レッドネックだとか、保守的な州だとか言われるアルバータ州ですが、カナダの女性の権利向上に尽くした女性たちがおり、それが記念される州だと思うと、この像をもつ事に喜びと誇りを感じるのです。


さて、ここまでが前置き。

日曜日にダウンタウンでランチをした後で公園の方に歩いて来た私たち。友人2人がカフェの場所を探していてくれた間に、私の目はFamous Fiveの像に向きました。

観光客(?)が写真を撮っていました。

しかし…ある若い男女の様子を目にした時に、私は信じられない思いで息が止まりそうになったのでした。

女性がルイーズの左隣のコーヒーテーブルに上にのってポーズをつけています。

これは何かの冗談なのか…。女性は楽しげにポーズをとっていて、一緒にいた若い男性が写真を撮っていました。

次は男性の番。

彼はルイーズの像によじ登り、肩車をするような格好でクビにしがみついてポーズをとっています。それを連れの女性が笑いながら写真に収めています。

怒りが止められなかった私は2人に近づいていって、「それはあまり敬意が感じられない行為とは思わない?」と話しかけました。

2人の耳には届かないようでした。

さらに近づき、声を更に大きくして同じ事を言いました。

男性が「え?敬意って?」と半笑いで聞いて来ます。

「敬意が感じられない行為だと思う。やめるべきではないかしら?」という私に連れの女性がこれまた面白そうに笑いながら

「どうして?この像が女性だから?」と言います。

「女性だからではない。彼女たちは女性の権利のために尽くした人たち。もっと敬意を払われても良いにではないかしら?」と返すと

「どうして?女性って子どもを背負ったりするじゃない。それは不敬には当たらないでしょう?私だって誰かを背負う事嫌だとは思わないわ」といって来ます。


「あなたが誰かを背負いたいなら好きなだけそうすれば良い。私はこの女性たちにはあなたたちのような健康な大人によじ登られる言われなないと思うし、それは面白い事じゃなくて無知(ignorance)だと思う」と返すと

「単なる写真じゃない。何言ってんの」ちバカにするように笑いながら言われました。

「単なる写真といってなんでも許されるわけじゃないと思う。子どもじゃないんだから」と言いましたが笑われて終わりました。

英語が流暢な若い男女。

カナダ人なのかアメリカ人なのかはわからないけれど、自分たちの「当たり前」に持っている「平等」「権利」はほんの最近に勝ち取られたものだと実感としてないのだろう。

最初は腹が立ったのだけど、最後は悲しくなった。

友人たちからは「正しい事をしてるかも知れないけど、人に注意をするときは気をつけたほうがいい。相手がどう出るかわからないんだから」と諭されました。

そうかも。

日本で中年男性言いがかりをつけていた女子高生の集団に注意をした時は家まであとをついてこられて罵られた事を思い出しました。

でも…悲しくて仕方がなくて、月曜夕方の今でもこの出来事が頭から離れません。

もっと英語が流暢にできたら、若い子たちにバカにされず聞いてもらえたのか。
もっと気の利いた事を言えていたら言い負かせていたのか。

言い負かせても心に響かないと意味がないのだろうけどね。

なんだか悲しい出来事でした。