実は私たちは、
輪廻転生という
旅をしている間、
殺人を犯すという
過ちを一度は
やらかすらしいです・・・。
(神の使者の
アーテンいわく、
「その嫌な連中も
我が家へ戻るんだよ。
完璧な一体
〈ワンネス〉へとね。
いいかい、ゲイリー、
この地上にいる人間で、
一度も過去生で殺人を
犯していない人間なんて
いないんだよ。」
『愛は誰も忘れていない』
p 247)
別に殺人にまで
至らなくても、
私たちは
夫婦ゲンカや親子ゲンカ、
友達や恋人とケンカをして、
後になってから、
「私、相手にひどいことを
言ってしまったな・・・。
あ〜あ、何であんなに
ひどいことを
言ってしまったんだろう。
相手を傷つけるような、
こんなひどい暴言を
言ってしまうなんて
私は本当に
最低な悪い人間だ。
はぁー(ためいき)
自己嫌悪・・・・・・。」
と自分で自分を
責める気持ちに
なってしまうことが
あると思います。
あるいは、
誰かに対して
実際に暴力行為を
してしまって
後になってから
「ああ、自分はなんて
愚かで
最低な人間なんだろう」
と自分で自分を
軽蔑してしまう
こともあるでしょう。
それでは、
なぜ私たちは
誰かに対して
攻撃的になったり、
暴力行為をしたり、
ひどい暴言を
言ったりして
しまうのでしょうか。
今、私たちは
自分が
傷つけることも
傷つけられることも
ありえる
分離した
一個の肉体であるという
夢を見ていますが、
本来の私たちは
傷つけることも、
傷つけられることも
ありえない、
神と一体の
愛であり、
光であり、
霊なのです。
そして、私たちは
永遠で無限の愛、
永遠で無限の幸福、
永遠で無限の喜び、
永遠で無限の安らぎ、
永遠で無限の自由、
永遠で無限の強さ、
永遠で無限の優しさを
神とともに分かち合っていました。
私たちは神と同じ
一つの心であり、
その心以外に
心はありませんでした。
ですが、私たちは
神から離れた
自分一人だけの
分離した心と
自分だけの
個別のアィデンティティーを
持ってみたいという
好奇心に突き動かされて
神の元から離れるという
決断をしました。
もちろん、神は
神の子が
すべての幸せの源である
自分から離れて
幸せになることは
できないと
わかっていたので
神の子をすぐに
ご自身の元へと
引き戻しましたが、
神の子は深い眠りに
落ちてしまい、
神からの分離という夢を
見るようになりました。
神の子は
自分はすべての
幸せの源である
神から離れてしまったのだと
いう夢を見ているので、
「今まで自分は神とともに
光に満ちた
永遠の愛を
分かち合っていたのに、
自分は神の心から
離れる決断をして、
神から分離した
自分だけの
特別な自己を
手に入れるために
神の心の一部を
引きちぎって、
神を
裏切ってしまった、
神を攻撃してしまった、
神を破壊してしまった、
神を完全に殺してしまった。
自分は神を
完全に殺してしまったので、
自分には帰るべき
天国という家がない。
自分はなんて
悪いやつなんだ。
自分は罪にまみれた
邪悪な存在なんだ。
自分は残酷な罰を受けるに
値する存在なのだ。
私は神の元から
離れるという決断を
下した愚かな自分を
永遠に
赦すことができない。
自分は自分が憎くて、
憎くてたまらない。」
と自分自身に対して
ものすごい憎悪を
感じています。
そして、私たちは
自分自身による
自分自身への
凄まじい憎悪を
直視することが
耐えられないほど
苦痛なので、
その自分自身への
憎悪の想念を
否定し、否認し、
外側に投影することに
よって
この幻想の世界を
作り上げました。
神からの分離という
夢によって
私たちが感じている
自分自身への
凄まじい憎悪は
今も私たちの心のなかに
あるのですが、
私たちは
神からの分離という
夢のなかの出来事を
完全に忘れ去っているので、
自分がなぜこんなにも
自分自身に対する
凄まじい憎悪を
抱いているのか
わかりません。
理由はなぜか、
わからないけれど、
自分は自分自身に対して、
ものすごい憎悪を抱いている。
自分が自分自身を
憎くんでいることは
無意識の心の奥底では
知っているけれど、
それを直視したくない。
認めたくない。
自分自身による自分自身への
憎悪の感情は
この幻想の世界や
幻想の宇宙を投影するほどの
凄まじい破壊的な感情だから
その憎悪を直視するのが
怖くて、怖くて、
たまらない。
私たちは
無意識の内に
そう、感じています。
そして、
自分の心のなかにある
凄まじい自分自身による
自分自身への憎悪の感情を
直視しなくてもすむように、
その自分自身による
自分自身への憎悪を
自分の心の外側に投影して、
誰かに対して
攻撃的になったり、
暴力行為をしたり、
ひどいことを
言ってしまったり
するのです。
あるいは神からの分離
という夢によって感じている
欠乏感を埋めるために
誰かに対して
加害行為をすることも
あります。
つまり、
すべての暴力(攻撃)は
外部に見出す
自分への憎悪の
行動化であり、
人は
自分の心のなかにある
自分自身への憎悪を
外部に
投影することによって、
誰かに対して
何らかの攻撃や
加害行為をしているのです。
(続く)