ここ数日、ブログテーマ「地域主権型道州制国民協議会市川浦安支部」などに追加記述しながら、いろいろなことを思い出している。というか、頭によぎってくると言ったほうがいいか。
何号か前の『女性自身』に原発事故と多発性骨髄腫のことが書かれていたが、どちらかと言えば、白血病のほうが関係してくるんじゃないだろうか。最近は従来のマスメディアの報道よりニュース系のブログの情報のほうが信憑性があるような気がする。
宮城県名取市閖上は、思春期の「遊びのホームグランド的な所」だった。友だちも、先輩もたくさん住んでいた。シャコがうまかった。友だちの家に泊まりに行ったとき、友だちの先輩の家に遊びに行ったが、その先輩はバイクで二人乗りして出て行ったきり帰ってこなかった。大好きな地元の壊滅的な状況を見ないでよかったかもしれない。
春の選抜に出場した東北高校の特集に「おでん三吉」のあんさんが出ていた。先代の父さんは愛知揆一氏に目をかけてもらっていたことを誇りにしていたことを思い出す。義理の弟さんの事業の失敗で以前の三吉ビルはいろいろあったようだが、「おでん三吉」と「野球」を愛している、あんさんはすばらしい人だと純粋に思った。
2006年6月、テレ朝「サンデープロジェクト」に人材派遣会社フルキャスト代表(当時)の平野岳史氏が出演していた。グッドウィルに登録してロジスティクスの現状のルポを企画してしていた私から見て、あまりにも体裁のいいことを話していたので、翌日フルキャスト市川支店で日雇いアルバイトの登録を行い、6月28日にデールマール(株)船橋工場へ日雇い派遣。
その日は、点呼場所であるJR津田沼駅で親しくなった鎌ヶ谷市在住の東津曲さんとコンビを組んで仕事をすることになった。そして、私が第1発見者となった東津曲さんの死亡事故からすべてがはじまった。
前々回の参議院選挙のときにはじまり、前回の参議院選挙のときにすべては終わった。4年間一部の政治家に裏切り続けられたきたわけだが、後悔はしていない。
選挙に狂う政治家の実態&彼らとの勝負の裏側・・・。選挙プロデューサー・選挙屋・選挙ゴロの実態・・・。元衆議院議員田中甲氏の事前運動に使用した一手は、元民主党千葉県連副代表の吉峯弁護士のテクニックをアレンジしたものだった(現在は、鳩山前首相の母親の件で弁護団に参加していると思う)・・・。創価学会の教学との勝負の裏側・・・(ジャーナリストとして真剣勝負を挑んだ)。
もし私が健常者だったら、政治家ではなく、業界内外問わず幅広い人脈を持ち、平成15年に弘道会に加入し、辣腕を振るっている高山誠賢氏と組んだほうが世の中のためになるとか(法廷闘争を熟知している、あちらの方のほうがまともに見える)・・・。etc・・・。
すべてを綴るときがきたかもしれない。政治家の土俵ではなく、ジャーナリストの土俵を選択して良かったとつくづく思う。