津峯山から、阿南市の大部分は見えない

 

 阿南のおかしな常識

 阿南市のシンボル写真といえば?

 今でこそ「光のドーム」が多いですが、一昔前は、津乃峰の山頂からの景色が多用されました。

 しかし実際は、そこからはほぼ東側しか見えません。見能林地区・富岡地区・橘地区ぐらいです。沿岸部しか見えません。それ以外の内陸部のほうが、阿南市域は広いのです。津峯山の山頂から見えないエリアの方が広い

 津峯山は実際は、見能林・富岡・橘のローカルなスポットでしかないのです。冷静に考えれば、これを市を代表する眺望と扱うのは、意味不明です。

 画像にしてみれば、眺望できるエリアはたったこれだけなのだ。あきらかに、かつての阿南は、どうかしていた。

 津峯山をことさら美化したり象徴扱いすることは、内陸部をないがしろにしています。津峯山を「阿南を一望できる」などと表現することは、沿岸地区の奢り・昂ぶりだ。傍若無人でしかない。



 なぜ、かつては、このような理解に苦しむ“常識”が、まかり通っていたのでしょうか。

 おそらく昭和時代の阿南は、これら沿岸地区の工業群が阿南市を支えていたから、沿岸地区しか見えないスポットであっても、阿南の象徴がごとく扱われることが黙認されていたのでしょう。

 しかし現代の日亜化学、LED、光産業、それは内陸部の産業です。もはや、内陸部をないがしろにすることは許されない。

 大黒柱である日亜化学を産んだ新野、創業者を産んだ長生、現本社のほぼ大野地区の上中が見えない、ほぼ縁のないエリアの山頂を称えるなど、ばかげている。



 ただし、内陸は、富岡のような考え方はしないだろう。こんどは我々がリーダーだ、我々の天下だといって、縁のうすい周辺部のことを配慮しない、全体が見えていない傍若無人な振る舞いは、内陸ならしないだろう。穏やかな地域性や空気感から分かるのだ。

 こうした昭和の阿南のおかしな常識を、撤廃していかなければなりません。