富岡集約論に、だまされるな
徳島県では、江戸時代の道路(旧街道)ぞいに、市町村の役場や中心市街地があるのが普通です。
時代は移り変わりましたが、阿南以外の旧街道のある市町村では、いまでもほぼ全部がそうなのです。旧街道は大きい意味があるのです。
阿南では土佐街道が通っていますが、それは次のルートです。
小松島→羽ノ浦→南島→長生→桑野→新野→福井→日和佐
旧街道は、富岡なんて通っていません。
これからの地方のあり方として、コンパクトシティや、選択と集約 という理屈が叫ばれることがあります。
ですが、こうした阿南市の特殊な成り立ちをみると、阿南市でそうした富岡中心論を口にすることは、たんに富岡の既得権を維持したいだけではないか? という疑念が強く浮かびます。
集約の時代。百歩譲ってそれは了解できるとしましょう。
ですが、その集約拠点は、本当に富岡であるべきですか? それなりの人口や街が積み重なっているからと、たんなる惰性で富岡で良いとは、そうはすんなり認めることはできない。それは詭弁だろう。 富岡でよいかは別の話だ。
阿南市全体や県南部圏域全体から見て、理想的な場所を中核集約地とするなら、まだ理解できます。 まだ羽ノ浦や、阿南インターチェンジ付近の大野地区あたりなどのほうが、富岡よりはまだマシだと言う地区は多いのではないでしょうか。
なにかと隙あらば富岡の成長に帰結させようとする、富岡びいきの阿南行政。だまされてはいけません。
