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主人と私

私が産まれてから今までの間に1番印象に残っている光景は、6歳のころ住んでいた長屋が火事で全焼したことです。
とてもきれいだった記憶があります。

高校を卒業して家を出たと同時に、友人関係は1人残らず切れましたが、たまたま1人暮らしをしていたマンションの同じ階に、小・中・高と一緒の腐れ縁な友人が住んでいて(友人は大卒)、その1人とだけは未だに友人関係を続けています。

 

その友人を結婚式に呼んでみたものの、急な話だったのと仕事の関係で来られず、私の親戚一同だと、父親は死亡中、母親は気の狂いが大きくなってあれほどしがみ付いていた家を出て精神病院に入院中、伯母は高齢で遠出が無理、姉は駆け落ちしてから絶賛行方不明中のため、どう考えても結婚詐欺以外の何物でもない、主人側の参列者のみの結婚式を行いました。
よく主人の親戚から文句が出なかったと思います。

 

やはり聞かれれば何でも答える性質なので、そのころの主人は私の家庭環境をだいたい知っていましたが(あまり聞こうとはしないので、だいたい)、男らしく今が良ければ良いと納得してくれました。おめでたい・・・じゃなかった、ありがたい人です。
でも、主人の家の人はそうでもないだろうからと、私の父親は死亡、母親は認知症で入院中と家族に説明していたようでした。姉の件は何も言っていないようでした。
主人の家族の内心は分かりませんが無事に結婚式を終えて、翌々月にはヨーロッパへ新婚旅行。記録的な大寒波に襲われて、どこへ行っても灰色の光景でしたが、成田離婚もなく無事に帰国し、結婚半年後には主人が注文住宅を新築。
私に貯金がないことは伝えていたので、家も土地も主人が全てのお金を出し、私は1円も出していません。
そのため、このころから私は主人のことを「主人」、もしくは「ご主人様」と呼んでいます。

 

そのころの私は、ときどき一緒に寝ている主人の顔を眺めながら、何故この人は私と一緒に居るのだろうと、たまに考えていました。
自分で自分がどうなのかは分かりませんが、少なくとも学生のころから私の性格は変わってなく、それなら他人からどう見えるのかも変わっていないはず。
なら、「心を開かない」「人でなし」のままなはずなのに、それの何が良くて結婚もして一緒にいるのだろうかと、そればかりが疑問でした。
さりげなく・・・もなく、ハッキリとそう聞いたこともよくありますが、特に理由を答えられることはなかった気がします。

 

新婚らしく新居では夜の生活を(朝でも昼でも)毎日のように続けていて、そのうちあれほど延期させられた避妊具も使わなくなり、その皮膚感の違いに今までとは逆に私の方が少し夢中になってしまい、偏執的に様々なことを試し続けて、相手の身体の仕組みも調べ続けて、それが過剰だったのか、主人は開始後2分足らずで早々にイってしまうようになってしまいましたが、その主人に、結婚してから2年ほど経つけど子供が出来ないねと言われたころ、主人に病気が2つ見つかりました。