5.旦那と旦那の家族との関係をより理解できるようになったこと
今回の旦那の躁うつ病再発に対する旦那の家族の対応を見ていて、
旦那の家族が旦那の躁状態に対してかなり恐れを抱いていることがよくわかった。
旦那のことを心配しているのもまた確かだが、躁うつ病という病気に、
あるいは旦那という一人の人間に、真っ向から向き合おうとしていないことが見て取れた。
しかしそれも仕方がないのかもしれない。
彼らももう60すぎ、息子の躁うつ病に向き合うだけの気力も体力もないのかもしれない。
そして、彼らは私という、旦那の面倒を代わりに見てくれる人間をみつけてほっとしている。
それは一種の押し付けであり、責任逃れでもある。だからこそ、わたしは心の中に
彼らに対する怒りをずっと抱えている。
しかしそれと同時に、彼らの気持ちも少しはわかる気がする。
けっきょく、ほとんどの場合、親は子供よりも先に死んでいくのだ。いつまでも子供の面倒を見つづけることはできない。
だから、誰か良い人が面倒を見てくれたら、それにまさる安心はない。
それもまた親心だ。
本当のことをいえば、旦那がもっと小さいころから、きちんと彼を理解し、彼の心をケアし、
最初に躁うつ病が発症したときにも適切な治療を継続して受けさせるべきだったのだ。
しかし、過去のことを言ってもどうしようもない。
これからのことを一つ一つ考えていくしかない。
幸い、旦那は今回薬を飲むことで症状はかなり落ち着いてきた。睡眠時間もまずまず安定しているし、精神状態も、多少ハイだけれど、突然怒り出したり泣き出したりということもない。
まずは通院を続け、薬をきちんと飲ませ、うつに備えて心理カウンセリングを受けてもらう。旦那のストレスがあまり溜まらないように、気をつけることしかできない。
また、旦那の家族の背景にはかなり複雑な事情がいろいろあるのだが、それはまた後日書きたいと思っている。
6.自分の中の恐怖、不安と向き合うことができた
これはとても大きなことだ。
正直、今回旦那の躁状態が現れて三日くらいで、
私は不安と心配に押しつぶされそうで、
もうだめだ、もう離婚するしかないかもしれない、と思った。
これは大げさに聞こえるかもしれないが、
旦那の言動がおかしくなって一日中家の中であれこれと動きまわり、大声で話し、絶えず喋り続けているのを見て、わたしには、旦那がもう元の旦那とはまったく違った人になってしまったように思えたし、こんな状態では二人の将来が見えない、と思ったのだ。
頭の中で、どうやって別れを切り出すか、どうやって日本に帰るか、帰ったあとどうやって生きていったらいいのか、あれこれ考えていた。
旦那に恨まれ、日本まで追いかけられたらどうしようとか、旦那がショックのあまり自殺したり、いよいよ躁うつ病がひどくなって完全に狂ってしまったらどうしよう、とか、そういうことまで考えた。
考えたら怖くなって、悲しくなってどうしたらいいかわからなかった。
しかし、何がきっかけだったのか忘れたが、
ぐるぐる考えたあげく、突然ふっと思った。
「逃げるのはやめよう。一度向き合ってみよう。
それからもう一度考えよう。」
そして旦那を台中の精神科に連れて行った。
躁うつ病に関する本を買い、読み始めた。
心の中で、逃げるのはやめようと決めた瞬間、
不思議なくらい自分の中の恐怖が消えていった。
もちろん、今すでに十分苦しんでいて、疲れている場合、逃げるのはありだ。離婚という選択肢が間違っているとも思わない。
ただ、わたしの場合、まだ逃げる時期ではないと、そう思っただけのことだ。
それから、旦那のことだけではなく、怖いと思っていた色々なことに対して、実はそれほど怖いことじゃないと思うようになった。
自分の気持ちをきちんと相手に伝えることや、人の目を気にして生きること。今までの私はいろんなことに不安や恐怖を感じていたが、それがふっと軽くなったのだ。
不安や恐怖がまったくなくなったわけではない。
やはり自分の中にはまだまだいろいろな不安や恐怖があるが、以前よりはずっと減って、軽くなった。
それでじゅうぶんだと思う。
将来ある時点で、あるいは旦那と生きていくことにやっぱり疲れ果てて、離婚を選択することもあるかもしれない。
それはそれ、まだ先の話だ。
7.私の家族のやさしさ、まわりの友達のやさしさを改めて感じた
いずれわかることなのだから、と、私は旦那の躁うつ病について、私の両親にも正直に話した。
両親は驚いてはいたが、怒ったり動転したりせず、
ちゃんと私の話を聞いてくれ、必要なら旦那と二人で日本に来て、日本で精神科に通えばいい、と言ってくれた。
私の両親が、私のことを心配して言ってくれたのだ。
今まで私は、両親のことが正直あまり好きじゃなかった。距離を感じていたし、父親は高圧的で自分勝手な人間だと思っていた。だけど、私のことを、ちゃんと心配し、愛してくれていたのだ。
それをきちんと感じられた。
長いこと離れていたからこそわかることもある。
私もきちんと両親に恩返しできる人間になりたい。
また、家族の他にも日本の友人や台湾の友人にも色々相談したのだが、みんなきちんと話を聞いてくれ、心配してくれた。私にはそれが、何よりの助けだった。友達に心配をかけさせて申し訳なくも思ったけど、それでもすごく嬉しかった。
今回の旦那の躁状態は、かなり症状が重かったほうだと思うのだが、それによって色々得たものもあった。私は私なりにこのことをきちんと受け止め、生きていこうと思った。