「手拍子お願いしまーす!!」
彼は後ろを振り返り
両手を挙げて手を叩いた。
彼はチームメイトと観客の力を借りて
優勝を決するジャンプオフの
その一本に
全身全霊をかけて臨もうとしている。
先に挑んだライバルは失敗、
ここで跳べば彼の優勝だ。
「パン…パン…パン…」
「跳べーーー!!」
「いっぽーーん!!」
一定のリズムの手拍子に交じる、
チームメイトの必死な叫び声。
彼らは、
彼のためにこれしかできないんだ。
「跳んでほしい」
この思いを声にするしか、
彼らにはできないんだ。
ピットの彼は叫ぶ。
「行きまーす!」
チームメイトは全力で答える。
「はーーい!!」
…彼は速く走れない。
そこまでバネもない。
でも、それを補うために
徹底的に技術を磨いてきた。
何度も泣いた。
何度も吐いた。
何度も怒られた。
大きなケガもした。
「ピットに二度と立てないかも」
そう言われて
ボロボロと涙を流していた。
でもそこから這い上がり
這い上がってきたからこそ
彼は今この舞台に立っているんだ。
彼は、本当に強い。
だから彼は
ここで絶対跳んでくれる。
チームメイトのために、
先生や友達、家族のために、
ここまで頑張ってきたんだから。
…彼は走り出す。
大きく身体を反らせた姿勢から
力のこもった一歩目を踏みだす。
彼は加速する。
少し大股で走り、加速していく。
彼の走るリズムに合わせて
スタジアムの手拍子も速くなる。
壁に近づくにつれ、
彼のスピードはどんどん上がる。
そのスピードで突っ込んだら、
つぶれちゃうんじゃないか?
それでも彼は踏み切る。
「タンッ!」
鋭く、静かな摩擦音が
ピットを包む。
彼の身体はブワッ、と浮いた。
えっ、どこまで浮くの?
今までみたことのない
高いジャンプをしている。
彼は巧みに身体を反らせ、
すれすれでバーをかわしていく。
最後の一瞬、
腰が少しだけ当たる。
「あっ…!」
その瞬間、私は
手をギュっと握りしめ
左足を少し上げていた。
「コトンッ…」
静寂が訪れたピットに乾いた音が響く。
「ガタガタガタガタ…」
バーは揺れる、荒波のように。
「カタカタカタ…」
…バーはなおも揺れ続ける、
だが落ちない。
「よし!」
白旗が上がる。
「うぉおおぉおぉおぉおお!!」
客席から爆発的な歓声が上がる。チームメイトは絶叫し、
泣きながら彼に拍手を送っていた。
観客は
スタンディングオベーションで彼をたたえた。
ところどころから
「よくやった!」
「最高!」
という声が聞こえてきた。
拍手はしばらく鳴りやまなかった。
彼はマットの上に立ち
空を見上げながら
両手をグーして突き上げた
そしてマットから飛び降り
走高跳しかやっていないフィールドを
飛ぶように駆けていった。
まるで天使のように。
彼は伝説を作った。
後々まで語り継がれる伝説を。