音の響きの圧倒的差は何故生まれるのだろう
自分事で恐縮だけど、現役時代、札響の森圭吾にはもっと大きく吹けと言ってはならない(笑)と指揮者達が言っておったそうな😁
フルートコンベンションに何回か参加してフルートオーケストラバックでソロを吹いたけど、同じ音色のフルートが100人以上集まっても、僕の音はその中を突き抜けたんです
そんな僕もマクサンス・ラリューやデニス・ブリアコフとデュエットした時には完全敗北だったんです
ショックでした
なぜ?
僕は彼らとの本番の瞬間に必死でその秘密を探ろうと、追いすがりました
そして、それは決して力んだ末に導き出す大音量ではないと確信を得たのです
体からすべての力を抜き去り、身体中の空間を最大限に共鳴させることに専念する自分をそのステージから導き出しました
音大の学生のブラスやオーケストラを指導してて、管楽器奏者たちの音量の無さを目の当たりにして、おそらくその響きの少なさに愕然とします
全く身体を使えていない
なんと勿体無いことでしょう!
楽器内部の空間なんて狭い空間です
それだけを響かそうとしても、豊かな響きは得られません
響きの性能はあなたの身体の使い方次第でどんどん増幅されます
声楽家はこの方法に長けています
彼らのウォーミングアップを見ていれば、その方法を発見することができます
管楽器奏者も声楽の発声方法に酷似しています
それが声帯であるか、発音帯であるかの差なのです
僕のイメージとしては、脳を振動させる感じ、顔の前面の鼻腔全体
肺と思うかも知れませんが、肺は響いても、声帯で寸断されているので、肺よりも頭蓋骨全体です
空間のみならず、骨まで共振されるイメージです
響くと鼓膜が痒い感じまでになります
この時脳が振動するほどです
管楽器奏者は本番前の楽屋、ステージ横において、スケールを吹いたり、本番の曲のパッセージを繰り返し吹いたりしているのが良く見る光景です
僕はいつもステージ横で、最初に出す音のイメージトレーニングをしていました
音一発、音色のイメージを脳裏に焼き付け、繰り返しベストの音色を求める、正に声楽家の本番前の姿です
管楽器奏者は細かいパッセージも吹かなくてはならないので、ついメカニカルな練習ばかりに特化してしまうのですが、美しい音色と響きがなければ、細かいパッセージも客席に届きません
発声練習ならぬ、発音練習にもっと精を出そうではありませんか!


