どんなに自分が精一杯であろうと、間違いは必ず起こるし、どんなに誤魔化そうとそれを隠すことは出来ないものです
オーケストラ授業で演奏会も近くなり、演奏もこなれつつあるそのような時期になっても、指揮台に立ち続けるというのは至難の技だと、つくづく思うのです
こちらがYesでもそれをNoと感じる人は少なからずいます
それを一手に引き受けながら、自分の信じる音楽を押し進めなくてはならない
それが指揮者という職業
オーケストラの中で首席フルートを30年、指揮者の目の前に座り続け、その苦悩と葛藤を目の当たりにしてきたはずなのに、立場が変われば、今はその重圧に押し潰されそうになる
もちろん、学生諸君は懸命に僕の棒にひたむきに応えてくれるのだけど、各セクションに付き添うのは在京オーケストラの一流奏者がずらりと並ぶ
このような環境でオーケストラの指導を受けられる学生達は本当に幸せだと思う
しかし僕にとっては、どんなに自信があろうと針の筵 僕の至らなさが白日のもとにさらされる
しかし、怯まず針を踏み潰しながら歩まぬ限りは先へ進めない
鋼の心を持つのも良いが、それでは繊細な感性を捨てる決断も必要となってくる
それでは音楽が違うものになってしまう
おそらくどんな指揮者も初期に迎える問題なのだと思う
もしかしたら、永遠に…
まだ何も結論など出ないけれど、じっくりと音楽と向き合い、そしてこれがプロオケでなく、教育の現場であることを忘れないように、学生達にとって有意義で、かつ楽しい時間となるように、そしてこの授業を受けることが、彼らの将来での、思い出としてでなく、活力として記憶に刻まれて欲しいと願ってやまない