心は穏やかですか?
イライラが続くと、そういうシワが、表情に刻まれます。
許して
手放して
心穏やかに・・・
素敵に笑顔になるに違いありません!!
いつもありがとうございますm(_ _ )m
スピスピスパ野本です。
フェイスブックで、お気に入りのコミュニティサイトがあります。
「涙が止まらない」とうもの。
先日気を抜いて記事を読んだら
うっかり泣いてしまった![]()
いい涙は心が洗われますね。
ゆっくりと記事をお読みください。
人は何のために生きているのかな・・・?
なんて考えながら読むといいかも。
以下転写です。
2001年9月11日。
ニューヨークのマンハッタン島で、世界貿易センターの2棟の高層ビルがテロリストの攻撃を受け、
多くの人命が奪われました。...
同時多発テロと言われた「9・11事件」です。
事件が起きてから1ヶ月後、日本全国から11人の消防官が集まって、
まだ混乱の残る被害現場で消防・救助活動を手伝うために海を渡りました。
この11人の消防官たちは、日本政府や消防庁が派遣したのではありません。
自らの意思で、休暇をとっての「ボランティア」でした。
この年の6月に『世界警察・消防競技大会』がアメリカで開催されましたが、
そこに、日本の代表として選ばれて出場した、世界レベルのトップ技術を持った消防官たちです。
大会で知り合ったニューヨークの消防官から
、「仲間が行方不明になっている。助けて欲しい」というSOSのメールが入ったのです。
横浜市の消防局に勤務する志澤公一さんは、それを読むと、
一緒に競技大会に出場したメンバーに声をかけました。
そして、11人の消防官が集まったのです。
現場に急いだのですが、アメリカ政府は「消防」の目的とはいえ、
事件が起きた中心部への外国人の立ち入りは、厳しく制限していました。
規制線の張られた外側で、もどかしい思いで情報の収集を行なっていると、
一人の高齢の牧師さんと出会いました。
その牧師さんは、志澤さんたちが日本から駆けつけた消防官だと知ると、こんな話を始めました。
「私が第二次世界大戦に参加した兵士だったとき、沖縄に上陸して日本人に銃口を向けたことがあります。
それなのに、その日本から我々を助けにきてくれている。
心から感謝します。
ぜひ、あなたたちに手伝っていただきたい」
その牧師さん、実は、ニューヨークの消防官のOBでもあったのです。
そして、すぐに異例ともいえる特別な許可が出て、
牧師さんが案内するままに、立ち入りのきびしく制限された現場の中心部にまで入ることができたのです。
その日の作業が終わって、11人の消防官たちはホテルへと引き上げることになりました。
そして道を歩いていると、驚くようなことが起きたのです。
道ですれ違うアメリカ人たちが、志澤さんたちの姿を認めると、
駆け寄ってきて、口ぐちに「サンキュー・ベリーマッチ」と声をかけ、
時には「ありがとう」と日本語で話しかけて、さらに握手を求める輪ができたのです。
実は11人の活動を、地元のテレビ局が報道していたのです。
しかし、さらに驚くようなことが起きます。
夜、地元ニューヨークの消防官が、今回の活動をねぎらうため、
簡単な夕食会をしてくれたときのことでした。
大きなレストランの片隅の席につき、注文を決めていると、突然、店にいた男性が立ち上がり、
店内に向かって大きな声で叫んだのです。
「みんな聞いてくれ!
日本から私たちを助けにきた消防官のボランティアが、ここに座ってるんだ!」
それまでにぎやかだった店内が一瞬、静まりかえると、次にはすべてのお客さんが、ナイフやフォークを置いて立ち上がり、拍手をしたのです。
最大の賛辞(さんじ)を贈るという意味が込められた「スタンディングオーベーション」です。
そして、数分間も続いた「拍手」も鳴りやみ、ではあらためてとメニューを開いていると、注文をしていない、食べきれないほどの料理が次から次へとテーブル上に並んだのです。
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このような記事を読むと、日本人として誇りに思います。
この11人の消防官たちはすばらしいですね。
しかもボランティアです。
まさに自己を犠牲にして、ただ相手を思って行動する。
素晴らしい精神ですね。

