徹夜で小説を読み終わし、カーテンを見て、もはや朝六時四十五分のごろでした。
  全部で十二冊がありました(終わっていません)、去年の十二月から今年の七月初め、半年あまりのところ、やっと読み終わりました。
  久しぶり感動されました。あるキャラクタだけのためでわなく、物語そのものに感動さらました、それとも、文字に感動されましたという方が正しかったかな。


  一人を愛し、そのものに対する感情は「愛している」という簡単なものではなく、もっと切なく、曰く心を捕まれましたみたいなこと。
  誰よりもあの方を大切にする、そして誰にもあの方を傷つかせず。その人を亡くせば、わが身も滅ぼすことに等しい。あの人ひとつの笑みは我にとっては一番の褒美。たっだ一人心を許すものにだけ、弱みを吐く。あの人のためなら,死んでもいい、でも できれば死にはしない、もう一度会うために。ほかの人に見せ付けたい、まるで自分の所有物みたい、本当は自分が所される。
  自分だけその人を幸せできえる、そう信じている。欲しいものがあれば、何でもあげる。徹底できに甘やかす、できれば、離れたくない、側を離れるのも一種の罰みたいなもの。


  快楽を分かち合いたい。
  悲しみを分かち合いたい。
  自分だけを頼って欲しい。
  自分だけに笑って欲しい。
  自分だけ見つめて欲しい。
  ほかの人に見せたくない。


  ね、私たちが探してるのは、本当はそういう人なのかな。でも、現実の世界に、私たちはすべてのことを「感」と言うものに任せている。ただの感。いつの間にか、ある人を思い始めて、そしてそう考え始める「もしかして、これで『愛』?」。本当は、そう言うころかな。小説も現実も、すべてのことは思うから始まる。