お宝日記ジェット -52ページ目

サトエリさんにしか出来ない役

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この間放映された「その街のこども」を見て思ったのは、あれはドラマじゃなくてドキュメンタリーじゃないか?という事だ。
このドラマは震災を経験した二人の男女が互いの胸の内を語り合うだけなのだけど、劇中のサトエリさんの台詞は実体験に基づいたものも少なくなかったと思うし、私自身も「そうだね、そんな事もあったね。」と頷きながら見ていた。
それだけでなく、サトエリさんが涙する場面は本当に泣いていたんじゃないかと思うくらいリアリティーがあった。実際に震災で友人を亡くしたサトエリさんだったから、大村美夏役は本当に思い入れ、いや魂を込めて演じていた事が怖いくらい伝わってきた。
まさしく、この役はサトエリさんでないと演じる事は出来なかったに違いない。特に、ラストで夜通し語り合った二人が抱きしめあい、別れるシーンがあったが、震災を経験した二人でなければ多分印象に残らなかったに違いない。またひとつサトエリさんにしか出来ない、大村美夏という役が出来たな。これからもサトエリさんにはますます目が離せないな。
話しは変わりますが、友人達へお知らせです。今日発売されたサンデー毎日、画像の表紙が目印ですよ。売り切れない内にゲットしてくださいね。

大阪が無事で救いがあった阪神大震災

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15年前の今日、震災にあった。以前にも書いたけど、家はなくなり、家財道具もかなり放棄した。けれども、怪我はなかったし、近しい人を亡くすこともなかったから、あの震災で命を落とした人や、近しい人を亡くした人達と比べたらかなり恵まれていたのは確かだった。
しかし、困った感覚がひとつ身についてしまった。
あちこちで地震があって、そのショックで店の中の商品が散乱している映像や、ゆれているだけの映像を見ても「たいしたことないやん。」と思ってしまう様になってしまったのだ。
倒壊した家屋や、へし折れた電信柱、倒壊した阪神高速を目の当たりにした自分にとっては少々の地震の被害の映像を見たくらいではなんとも思わなくなってしまった。
そんなとんでもない感覚が身についたり、ろくでもない思い出でばかりではあったが、ひとつだけ神様に感謝した事があった。
それは大阪が無事だったという事だ。当時、原チャリで東の方の様子を見に行ったら、尼崎市(兵庫と大阪の境目)まで行けば普通にお店も開いているし、必要な品物も手に入れる事が出来ると分かったし、私の職場は大阪で、職まで失う事はなかったから、どうにか生活する事も出来たし、あの震災で大阪まで被害にあっていたら、今日の復興はきっとありえなかっただろう。
サトエリさんは震災後まもなく大阪に引っ越したと聞いた事があったけど、察するにお父さんの仕事場が大阪にあったんだろう。大阪に引っ越して、家族の生活を安定させたのは賢明な判断だったと思うし、震災にあっても働いて生活していかないといけないシビアな現実もあった。
だから、関西の中心都市の大阪がほとんど無傷だったのは非常に有り難い事だった。大阪といえばウルトラマンのゴモラが有名だが、画像のタイムスリップグリコは、ゴモラだけでなく通天閣といった大阪の名物もからめていてなかなか楽しいフィギュアに仕上がっている。
今日は久しぶりの行商で、電車の中には鎮魂の集いの帰りらしい人もたくさんいた。私にとって1.17は特別な日でもないけど、なんかいろいろ考えてしまう日でもあるな。

さよならスペクトルマン

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成川哲夫氏…、この名前にピンと来る人は特撮がかなり好きな人である。
そう、スペクトルマンで主役を演じた俳優だ。
残念な事に今年になって肺ガンで亡くなった。
スペクトルマンは何度か記事をアップしたけれど、地球侵略を目論む宇宙猿人ゴリとスベクトルマンとの戦いの物語だ。
このスペクトルマン、上司(ネビュラ71)に、いちいち申請しないと変身できなかったり、かなりキツイ命令を下されて従わなかったら、命令違反で母星に強制送還されそうになったりと、ウルトラマンや仮面ライダーと比べるといささか情けないヒーローだった。
そのヒーローを成川氏は、時にはオトボケで、時には熱く演じていた。成川氏は俳優引退後、空手の師範をやっていたらしく、恐らく道場生にはヒーローの熱いスピリットを空手を通じて教えていたに違いない。
画像はエポック社のトレーディングカードのスペシャルカードで、金箔押しのなかなか豪華なカードだ。
最終回、ゴリとの死闘に勝利したスペクトルマンは故郷のネビュラ71に帰って行くんだが、成川氏の訃報をきいた時にこの最終回の場面がやけに思い出された。そう、成川氏が亡くなったのではなく、スペクトルマンが故郷のネビュラの星に帰って行ったんだと、そう思えてならなかった。
そして、ひとつ言えることは、熱いヒーロースピリットはこれからも語り継がれていくことだろう。
だから、私はお悔やみの言葉ではなくこの言葉で、この記事を締めくくりたい。さよならスペクトルマン。