昨日、またキジを見かけた。

昼間のヨーガ教室の仕事から戻ると
駐車スペースのすぐ前にいて、何かを食べていた。

よく見ると、ヘビだった。(~_~;)

ヘビはまだかすかに息があるようだったが、
頭から食いつかれていて、血を流していた。

駐車スペースの1メートルくらい前にいたので、
キジは少し警戒してヘビから離れたりしていたが、
その隙にどこからか血の匂いを嗅ぎつけて、カラスが二羽やってきた。

私は「何もしないよ~」とキジにテレパシーを飛ばしながら駐車した。

キジは、車を気にしながらもカラスを追い払い、ヘビをモノにしていた。



このメッセージはなんだろう・・・?

すると、この画像が浮かんできた。


大天使ミカエルが、ドラゴン?みたいな生きものをやっつけている図。

何かをやっつけているミカエルの画像はいろいろあるが、
やっつけているのは、エゴの象徴らしい。



☆☆☆



「人間だもの。」続きです。



前回書いていて気づいたのだが、
私は「できあがっている集団」に入るのが苦手だ。

なぜ苦手なのか?

私は中学の頃、いじめに遭った経験がある。

小学校時代は横浜で過ごし、家を建てたので横須賀に引っ越し、
そこの中学校に入学した。

中学校は、幾つかの小学校の生徒がそのまま上がってくる、
いわゆる「できあがっている集団」だ。

この経験からか、その中では なかなか心を開けない。

もう、それは 『今』 ではないのにね。


今までにもでき上がった集団は、いくつも経験したが、
―たとえば子どもが幼稚園に入ったときからついてまわる、「役員」

これらはすべて、心を閉じたままスルーしてきた。

ずっとその人たちと一緒ってことではないし、
それでも通用するしね。

自分を出さず、友達も作ろうともせず。(~_~;)


たぶん、今回の一連の出来事でクリアすべき課題の一つは、
苦手意識のあった「でき上がった集団」の中にいても
「自分から心を開くこと」だったように思う。

なので前回、ちょっと心を開けたことは、大変よかった。



☆☆☆



翌日もアルバイトに入っていた。

控室に入ると、あまり話したことがないKさんが
「ノート見たよ~
もうちょっとがんばろうよ~ 辞めるのやめようよ
といきなり言ってきた。

「私、辞めるっていう人をあんまり引き止めたりしないんだけどさ、
えいこちゃんもったいないよ! できる人だと思うよ~」

「ありがとうございます。
でも・・、ここにいると、全然自分らしくいられないんですよ~

「みんなさ、悪い癖なんだよね。
自分もおんなじだったのに、すっかり忘れて、
何でも言っちゃってるんだよね。

えいこちゃんよりひどかった人、いっぱい知ってるよ!
私もそうだったけどさ。(と失敗談を聞かせてくれる)

新しい人が入ったら、自分の始めた頃を思い出して、
みんな気持ちをリセットする機会にすればいいのにさ・・・」


働く時間帯が違っていて、あまり会うこともなかったのに
こんなにも一生懸命言ってくれて、すべてをわかってくれているようで、
心が揺らいだ。

「勉強に入る時間もあんな忙しい時間じゃなくて、
もっとゆったりできるお客さんで混雑しない時間帯にすればいいのに
店長が悪いよね!」

なんて言っちゃって。

「その時間帯しか入れないんで、店長が悪いわけじゃないんですよ。
でも、ありがとうございます。」



実はこのKさんこそが、
私がここに入る決断をしたきっかけの人なのだ。

この店は若い人が多いイメージで、
仕事も簡単そうではなく、敷居も高かったけれど、
「このお店で働くっていうのはどうかなぁ・・」と思って行ったとき、
歳の近そうな彼女がシャキシャキと、
そして楽々と仕事をこなしているのを見て、勇気が出て応募したのだ。

やっぱり、ただのきっかけの人ではなかったんだなぁ~。

この話も初めてすることができた。

それも本人に。^^

「もっともっとKさんと話したかった。」と言うと
「じゃあ仕事続けて話そうよ!」と言われ、
「そんなふうに言ってもらうとぐらぐらしちゃいますよ~」と言って仕事に入った。



まさか、誰かに引き止められるとは思っていなかった。

もう一人に引き止められたら・・・
続けることになるかもしれない・・・

そんな気がした。



洗い物をしていると入れ替わり立ち替わり誰かが入ってきて、
みんな何かしら声をかけてくれた。

「やめちゃうんですね~」とか
「あんまりちゃんと仕事教えてあげられなかった」とか
「あと少しなんですね~」とか。

みんなノートを読んでいるからだ。

いつも変わらぬ笑顔のあの人もやってきた。

「やめちゃうんですか~?
もう少しがんばりましょうよ~」

このとき彼女が、
「私もぶちのめされましたよ~」と話をしてくれたのだ。

「私もそんな言える立場じゃないんですけど、
なんなら店長にかけあいますよ~」とも言ってくれた。

ありがとうございます。



☆☆☆



この日の後、アルバイトは2日間お休みで、
翌週は3段階めの勉強の時間が予定されていた。

もう勉強もしなくていいので、店長に「その時間は来なくてよい」と言われた。

「斜線を引いてあるから、確認して帰って」と言われていたにもかかわらず、
この日友人と食事の約束があって、見ないであわてて帰ってしまった。(~_~;)

電話で確かめようかとも思ったが、
万が一殺人的な忙しさのときにそんな電話をかけてしまったら・・・
と思うとそれもできず、自分で見に行くことにした。



翌週の勤務予定日の前日の夜、店に行った。

すると仕事を終えた店長が、
まだ帰らずに私服で店内に座っていた。

遠くから店長を確認して、店内に入っていくと
いきなり店長が振り向いた

「エイちゃん(@_@)

この店では、全員がお互いを愛称で呼ぶことになっている。

入社が決まってから、「何て呼んでもらう?」と店長と相談して、
「じゃあ名前で。」と言ったのだが、
「えいこちゃんは言いづらい」とかで、(私が一番年上だしね(~_~;))
店長はじめ、数人の人が「エイちゃん」と呼ぶ。
>それも、ひらがなではなく、カタカナらしい。(~_~;)

小学校に入ってからは、インパクトの強い苗字のほうからの愛称で呼ばれていたし、
この呼ばれ方って、ほんとに幼かった頃以来だ。

今も親戚など、限られた人たちだけが私をそう呼んでいる。

「呼び方」も、その頃の自分を呼び起こすのだろうか?

実は私はたびたび、「子どもの頃の自分」で
ここにいるような感じがすることがあった。



「ちょうど今、Kさんが『店長が悪い』って言ってきてたところだよ!(笑)」

ほんとに掛け合ってくれてたんだ・・・。
>それも、。(~_~;)

「まさかあのあとにKさんと話していたなんて知らなかったし、
一度考えてからの決断を聞いたから、
もう何も言わないつもりだったけど・・・
Kさんから、『揺れてたよ~』って聞いたし、どうなの?」

「Kさんってさ、あんまり人を引き止めない人なんだよ。
だけど、一生懸命言ってきてさ。
なんなら、同じ時間帯に入るとも言ってたよ。」

そこまで・・・?!



☆☆☆



人生、そんなに知り合っていないのに
「そこまで言って(やって)くれるのか?」って人が
何度か現れる。

一度目は、インド旅行に行ったとき。

二回目のインドに来れただけで しあわせでうれしくて、
このときまったく我(エゴ)がなかった私は、
「行けたらいいな~♪」と思っていたヨガの聖地リシュケシュに
その人によって行かせてもらえることになった。

友達の会社の社長さんとそのお友達のお偉いさん方二人で
インド視察旅行に行くことになっていたところに
私と私の友達が混ぜてもらった。

社長さんとは当時通っていたヨーガ教室でご一緒していて
顔見知りではあった。

また、ヨーガ教室の主宰の先生とも長年の友達で、
ヨーガ教室のさまざまな行事にも協力したり、
時には講師として立たれることもあった。

お偉いさん方二人は、初めてのインドだったので
取引先のインド人は、定番の観光コースを準備していた。

インドに着いてから、「どこか行きたいところはあるか?」と
社長さんに尋ねられた。

「リシュケシュは行ってみたいけど、
インドにいられるだけでしあわせなので、どこでもいいです~♪」

実際、またタージマハールに行くのもいいかな、と思っていたし。^^

けれど夕食時社長さんは、あらかじめ決まっていた観光コースを
「リシュケシュ行きに変えろ」と取引先のインド人に言った。

インド人はめんどくさがって、
「今からじゃホテルも取れないし、無理」と断った。

すると、その社長さんは、
「できないなら、翌日からの視察も取引もなしだ!」と言った。(~_~;)

そこまで・・・?!

これを聞いたインド人は、あっという間にリシュケシュ行きの手配をしてくれた。(笑)



二度目は、地元のスポーツクラブの上のほうの方。

今では20人の定員を超えての生徒さんが集まってくれているヨーガ教室の講座だが、
始めた当初は4、5人の受講生しかおらず、
教室をなくすかどうかの検討会にひっかかった。

このとき、「この教室はもう少し様子をみてあげましょう!」と言って下さり、
のちには自ら教室の生徒として登録してくださった。

そこまで・・・?!



このことを思い出して、感謝・感謝
ほんとに感謝でいっぱいになった。



☆☆☆



(話、もどります。)

「ほら、あそこにいるよ。」

と、店長は仕事中のKさんのとこまで連れてってくれて、
Kさんも「だから続けようね。決まりね。」みたいな感じで・・・

ここまで言ってくれる人がいて、
また、この完璧なシチュエーションで、
「私はやっぱりまだここにいることになっているんだな」 と思った。



先日引き止めてもらってからも、ずっと自己を見つめていた。

ラマナの言葉も何度も思い浮かんでいた。

「私が働いているという感覚が邪魔ものである。
あなた自身に「誰が働いているのか」と尋ねなさい。

起こるべく定められていることは、起こるだろう。

あなたが仕事を離れるべく定められているのであれば、
仕事はいくら探しても見つからないだろう。
反対に、あなたが仕事をつづけるべく定められてあれば、
それを避けることはできないだろう。
あなたはその仕事を続ける以外にはない。

それゆえに、より高い力にそのことを任せなさい。
あなたの思いのままに放棄したり続けたりすることはできない。



再度「こんなふうに生きたい」と思った
『フォレスト・ガンプ』 も思い出していた。

彼は、頭を使っていないだけではなく、
あるがままを見ている。

良い、悪い、正しい、正しくないといった判断をしていない。

何をされてもただあるがままを見るだけで、
起きることに感情をくっつけて、
ストーリーを作ったりしない。

欲もない。

そして何より、目の前の事を一生懸命やっている。


「業にはげめ」

臼井甕男先生の言葉が耳に響いてくる。

私は全然業に励んでいなかった。

損得勘定にとらわれて、
仕事に対してのエネルギーを出し惜しみしていた。



謙虚さもまた忘れていた。(~_~;)

起きることに対して「いやだ、いやだ」ということは、
宇宙に対して、神に対して 「NO」 と言っていることと同じこと。

神の前に謙虚でいよう。

調和を育む魔法の力、「YES」で生きよう と改めて思った。



☆☆☆



「そうと決まったら、今日、ノートに書いて行ってね。
みんなに知らせるのは早い方がいいから。」
と店長は言った。

ん~~~・・・
なんて書こう???

前回ノートに辞めることを書いてから、ノートは見ていなかった。

見ると、数人の人が短いメッセージを書いてくれていた。(T.T)
>ありがとうございます。


やめるのやめたって書く以上、もう二度と辞めるとは言えないだろう。

腹をくくらなくては。

仕事も本気でやらなくては。

考えた末、ノートにはこのようなことを書いた。


「仕事を続けることになりました。

温かく、安心できる土壌を与えられると力を発揮できるタイプです。

いろいろとご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、
どうぞよろしくお願いします。」



<つづく>