初夏の光溢れるパリ。もうタナダさんが亡くなって一年が経ったのだ。
細かいことはここには書けないけれど、この学年末は色々と音楽院で理不尽に思うことが相次いで、時にはこの音楽院で90%の教授と音楽に対する感覚、意見を共有できないのではないか、とまで思ったほどだ。
もちろん即興アトリエの親愛なる同僚の二人を除いて、と言うことだけれど。
そのあと、前のブログ「音楽の多面性と自由度
」に書いたように、パリ国立地方音楽院ジャズ科の卒業ディプロマ審査員をさせて頂くという幸運を得て、一歩小さい世界を出ると、自分と同じ感覚を共有できる人たちがいるのだ、と悟った。
運良くこの仕事は貰えたものの、そういえば私のディプロマって実はクラシックだもんね、でも実際的に私は「ジャズ」と名前の付く仕事はやってないな、これでジャズ科の生徒の皆さんに信用して頂けるのか知らん。と心配していたところに、翌日自分の音楽院で、来年からジャズの先生が来られなくなる事情があるので、ジャズアトリエの代行をしてほしい、という話が来た。なんだこりゃ、昨日思ったばっかりじゃん、これ。実に翌日である。
その後またすぐ数日後に、とある著名音楽院でフルートの審査員をさせて頂いたのだけれど、そこで完全に私の思うクラシックとジャズの教育の「違い」が白日に晒され自分の中で明確になり、ここ数ヶ月でモヤモヤと思っていたたことが、すとんと腑に落ちることとなった。
私はフルートのクラシックの高等ディプロマを持ち、そのディプロマで得られる仕事をしてきた。フルートのクラスもそうだし、即興アトリエにしても、クラシックをやってきた生徒向けである。去年はジャズサックスを始めるためにビッグバンドで一年演奏したが、これだって先生としての立場ではなく、生徒に混ざらせて頂いた、という感じである。このように並行してジャズの勉強を長く続けてきており、常にクラシックとジャズの間を縫うように音楽活動を行ってきた。
しかし、こうやって教授業と並行して長年ジャズを勉強し演奏してくる中で、いつしか自分の感覚がクラシックからジャズへと完全に移行してしまっていたらしい。クラシックの同僚との齟齬は、実はここから来ていたのである。(クラシックとジャズの教育の違いについては、次回のブログで述べたいと思う。)
思えばジャズを始めてから25年の時が流れ、そういう時が来ても当たり前なのかも知れない。
即興アトリエの親愛なる同僚、アフリカンパーカッションのクリストフが言う。
「君は、スピリットが本来ジャズなんだよな。もうこれからはもっと思い切りジャズに行けって。そう言うことさ。」
そうこうしているうちに迎えたドタバタ年度末。ある日メールを開くと驚きの連絡が。
「ロンドンの新設xxx ビッグバンドです。あなたに送付して頂いたビッグバンドのフルスコア作品、並びにヴィデオの作品が大変気に入りました。あなたのフルートプレイングも素晴らしい。ぜひ我々と作曲家/アレンジャーとして一緒に仕事をしませんか?一緒に演奏も出来たらと思います…云々。」
このロンドンに新設されるビッグバンドとは、私が去年から通信でジャズ作曲とオーケストレーションを習っているロンドンの師、カラム・オーさんがフェイスブックで投稿されていた募集であった。
って言っても、一朝一夕にこういう色良い返事が来たのではない。この3年間と言うもの、一体何回色んなところに応募したか数知れない。
だから結果が出なくたって、ちょっとがっかりするだけで、速攻気分を取り直してとにかく進んできた3年間であった。これは若い時にクラシックでいっぱい失敗してきたからこそ学んだことでもある。娘は2年前から新体操をやっているのだけど(娘にも良い結果が訪れた。来年度、所属するパリの著名クラブの最高位である、ナショナルジュニアチームに抜擢されたのである)、彼女が練習している間に、隣のカフェでとにかくカリカリ音楽を書く。ボーイさんに「君仕事し過ぎだよ!」って言われるぐらい。地道に続けていくことの大切さをすごく感じる。
結果がダメだったと言うことは、別に自分がダメなのではなく、その場所や結果が今の自分に見合ってない、というだけのことなのである。今の場所にいなさい、今できることをやりなさい、と。今のその場所に自分は相応しい、ということなのだ。
だからと言って将来自分がやりたいことの手を緩めるのとは違う。まあ自分のやりたいことを諦めるなんて、どっちにしろ絶対無理なことなんだけれどね。
しかし、この一年、めちゃくちゃイングリッシュジャズにはまって、どれだけ聴いて勉強してきたことか。その地に本当に行けるとは、これはめちゃ嬉しいなぁ。
と言うことで、ついに、憧れの地、ロンドンへ!!(ロンドン、という新たな可能性が生まれた訳だけれど、もちろん普段はパリにいて、自分の音楽院で教えることに変わりはありません。)
こうやって、少しずつ自分の未来の地図を書き替えていくのは、楽しい作業である。
パリ中華街レストランより通りを眺める。

