バスチーユの革命の塔と春の月
この間、「私は即興アトリエで膨大な編曲をしているので、その時間数を確保できないものだろうか」と学長に打診したら、「君ね、編曲なんてものは最近はAI がやるんだよ。ふむふむ、君はオーケストレーションを勉強しているのか。この間はAIがオーケストレーションを瞬時にやるコンサートを聞いてだね、それは凄かったぞ」という会話があった。でもAIには創造的な編曲は出来ないでしょう?「創造」こそ、このAI 時代に教えるべきことではないのでしょうか?と一応反論してみたものの、実際のところは私の方も想像でものを言っているだけだし、ちゃんと意見が言えるだけの開かれた視点とちゃんとした知識を持ちたい、、、そう思ってかなり前からこのパリ市主催の「AIと音楽」という講座を予約して、楽しみにしていたのである。
ビッグバンド作品を書き始めたばかりの私にとってなんと幸運なことに、現代ジャズ作曲家で自身のビッグバンドも持つ、フレッド・モランさんがこの講座を進行した。
モランさんは一代前のフランス国立ジャズオーケストラの指揮者でもある。(このフランスの誇る国立ジャズオケは、4年ごとに指揮者を交代して全く違うカラーのプロジェクトを行うのが特徴的である。)
大体、私は曲がりなりにもフランスでコンテンポラリージャズをやっていて、どうしてこのコンポーザーをこれまで見落として(聴き落として)いたのか、(よく考えればちらっと会ったことさえあるのに) 恥ずかしいことなのだが、ブリティッシュジャズに夢中になっていた私にとって、こういうのを灯台下暗し、と言うのだろう。AIを作品に取り入れている箇所を、スコアを映写しつつ聴かせて頂いた彼の曲はとても素晴らしかった。
彼はフランス・スペクトラル音楽__現代音楽の一流派で、アンサンブル・イティネレールを創始したジェラール・グリゼー、トリスタン・ミュライユといった作曲家のコンセプトで、従来のセリーなどの「音列」ではなく「音」に含まれる倍音を利用するなど、「音」自体に焦点を置いた作曲法。私の親友でアンサンブル・イティネレールのピアニストを長年務めた作曲家、故・棚田文紀さんも、この流派に多分に影響されていた__に大変傾倒しているそうで、IRCAMでAIに関する研究をしたり、国立ジャズオケとアンサンブル・アンテルコンタンポランという現代音楽アンサンブルを共演させるプロジェクトなどをやってきた。
多くのこういう「融合」は企画倒れで、実際に聴くと上手く合いなっていない事が多いのが、フレッドさんはジャズの一番大切な感覚を失う事なく、現代音楽を上手く取り入れて新しい音楽を響かせるのだけの度量があると思う。うん、多分こういう系統で、フランスでは初めて良いと思ったかも知れない。
ただ、その後実際にミュージシャンの弾くビブラフォンとAIとの即興演奏を聴かせていただいたのだが、これには多いな疑問を持たざるを得なかった。
とにかく、聴いていて何とも気持ちが悪いのだ、、、何とも、それは「即興」になっていないのですよ、私から言わせると。その後休憩になったのだが、コーヒーマシーンの前で、一緒に講座に参加していた即興アトリエ同僚のドラマー、エッジと思わずそのビブラフォン奏者を質問攻めにしてしまった。
「ねぇ、AIと即興しててフラストレーション溜まらない?だって、逐一速攻反応してくるじゃない!待ってもくれないし。」
「時々、逆にAI側にフェイント仕掛けてやろう、とか思わなかった?だって何やってもすぐにやり返されるって言うか、、?」
「そうそう!ちょっと黙れよ!とか思わなかった?!」
そう、とにかくAIの反応の仕方は単刀直入に言うと「うざい」のである。
フレッドさん自身も言っていたが、AIには演奏を止めることが出来ないのだそうだ。でも、落とし所を掴む、それって一番大事なことじゃん!
それはAIが呼吸してないからだろうか?それとも反応が人間よりゼロコンマ秒速すぎるからだろうか?
それももちろんある。でも私がこの演奏から肌で一番感じたのは、AIが、「こうやったらどうなるか?」という「想像」抜きに演奏しているということだと思う。過去の人類の偉大な知識の蓄積であるAIなのに、どうやら想像するという芸当は出来ないらしい。
では私たち人間が演奏時にする「想像」とは何だろうか。それはきっと「未来」軸の事ではないかと考える。過去、現在、未来。この世界にはこの3つの時間軸があり、「未来」を想像することなしには「現在」は成り立たないのである。
だとすれば、なんと私たちの未来への想像力とは、人間の創造力そのものであり、なんと美しいのだろう。そのことにはっと気づかせてくれたこの演奏。私はきっと一生忘れないだろう。
最後に記しておきたいのは、フレッドさんが最後に講習会を締め括った言葉。
__「創造」の道具として文明の利器を使いこなせるのであれば、それは素晴らしい。しかしどのような美しい発明も、それが政治的な道具になり、また金儲けの道具になった途端に全てが腐敗する。道具それ自体に善悪はない。本当に創造的であることで、クリエーションが政治や金儲けとは一線を画す、それだけが大切なことだ。__
フレッド・モランのコンセプトを聴きながら、頭の中にまた、私の思う新しい音楽が浮かんできた!それはもちろん「未来」がテーマである。
