2025年は色々新しい扉が開いた一年であった。
「ゼロから一を生み出す。」
私の興味はそこにある。
星新一さんのおっしゃる通り、それは全くもって簡単じゃない。
それでも、どんなにキツくても、どんなに時間がかかっても、書いている時や、演奏している時に、いつか命が宿る瞬間が訪れる。その瞬間を味わったらもう止められない。2025年はビッグバンドなど大編成の作曲を勉強し始め、サックスを始めた。歌も習い始めた。昨年末に友人の画家と話していたのだけど、「ああ、忙しくって作品を作る時間がない!」って、お互いに。生み出せない苦しみ。それって現代病だと思う。今年はそういうことのないように、毎日朝起きたらただ五線譜に書いていきたいと思っている。
50歳も過ぎて、これまでやってきた出来ることだけを続ければ、もっと実り多いのでは?
今頃新しいことに手を出して出して、失敗するのでは?
と自分に問い合わせてみても、やっぱり答えは
「だってそれでもやっぱりやりたいから」、
この単純さだから仕方ない。
相方は、「君が何を始めようと、新しいことなんか何もないさ。これまでやってきたコンセプトが繋がってきているだけなんだ」
という。
このクリスマスヴァカンス中、ケニー・ホィーラーとデイヴ・ホランドの音楽に入り浸って過ごした。どちらもイギリスを中心に世界で活躍したジャズマンであるが、即興家、作曲家としての裁量を発展、キャリアの中で融合させ、素晴らしい功績を残した2本の巨木である。ホィーラーの音楽が一聴で腰砕けになる水彩画のような美しさと、何度聴いても更に飲まれる沼のような深みを擁するのに対し、建築のようなホランドの音楽は、その構造の中に佇むうちにじわじわと肌に温かさを実感し、その美しさ、強さの虜になる。
何がそんなに良いと思うかって、それは彼らの音楽がそれぞれに「自由」なこと。堂々と自分のスタイルを貫き、そこから懸命に羽ばたいている。自由とは怖さを知らないということだ。その自由さこそが私を揺り動かす。自由な音楽は、オープンで、聴くものの精神を解きほぐし、ほら、あなたにも出来るでしょう、と語りかける。
本当の自由は、真摯で、深みがある。やりたい放題エゴでやっているのとは正反対だ。エゴ音楽を聴くと、私の場合必ずやる気が無くなる。
そして彼らには本当の意味で音楽的に賛同する仲間たちがいて、深い理解に基づいたグループの演奏を聴くと、彼らの想いが共有され増幅され、思いっきり心の底からノックアウトされる。仲間にしか出来ない最強のアンサンブル。
この間、世界を一世風靡中のマルチミュージシャン、ジェイコブ・コリアーの「和声の講義」を各年齢、各レベルに沿って教える、という興味深いYouTubeの動画見ていたのだけれど、最後の生徒として、(笑!)という意味だと思うけど、今世紀最高レベルのジャズピアノスト、ハービー・ハンコック__コリアー君を素晴らしいとコメントしている__が出てきた。
そして彼らは「アメイジング・グレイス」を即興で一緒に弾き始めたのだけれど、目眩く代理コードをこれでもかと繰り出すコリアーくんの若き才能も、ハービーの弾く一番ベーシックなトニックの一和音で、横綱に押し出される平幕の如く圧倒されてしまった。
__もちろん本当に押し出されたのではなく、音楽的には二人が素晴らしい絶妙のハーモニーを保っている__
な、なんなんだ、これは?!私は思わずもう一度その場面に戻って見直してしまったのだけれど、ハービーの弾くその一つの和音には人生が、経験が、魂があった。その表情の泰平なる静けさ、優しさに溢れた本物の自信。
それで私は確信したんだよな。音楽とは経験であり、共有であり、また孤独であり、人生そのものなんだって。
私には、まだやりたくても不可能なことがたくさんある。それはテクニックや知識が無いから。知らないのなら、毎日知っていることを増やしていこう。専門にしている人に聞こう。もっともっとたくさんの経験をしよう。テクニックがないのなら練習しよう、好きな作品を写譜しよう、毎日ジョギングするように筋力をつけよう。
少しずつ、少しずつ前に進もう。
2026年も、これまでの人生と経験を誇りに思いつつ、かつ初心者マーク🔰を付けて、仲間のみんなの助けを借りながら、進んで行きたいと思います。大切な人を昨年亡くして思うことは、やはりこうやって色々やりたいことを並べ立てたところで、結局全ては健康あってこそであると。今、健康と素晴らしい仲間に恵まれ、それをできる私は幸せだと思います。
皆さんにとっても素晴らしい一年になりますよう!
一緒に進んでいきましょう👍🤛
今年もどうぞ宜しくお願い致します。






