開かさタナ波真yâra和音。 -19ページ目

開かさタナ波真yâra和音。

一緒にガンダーラへ




「竹中へいぞー、
ろっくでもない!」


参院選の時、新宿で叫んでいた山本太郎に違和感を感じていた。


れいわ新選組の政策や山本太郎は支持しながらも、地球全体で俯瞰的・継続的ものごとを見ることを続けていたが、

最近、違和感の点と点が結びついてきて

「ガッテン!ガッテン!」

と線で繋がり始めた。


昨日も見えない力により、互いに引き寄せあった人との新たな出逢いがあり、互いにその出逢いが必然であることを確認しあった。


六角精児バンドのライブに行かせていただき、初めて六角さんの音楽に触れたが、


なんとも、この世の

愛すべき ろくでなし

に愛を注ぐ歌が多くて、たまらなかった。


人でなし 
ろくでなし

は、語呂は似ているが
意味は非なる言葉だ。


私の周りには、ろくでなしが多い。
いや、私もろくでなしの一人で間違いない。


というか、ろくでなしでない人間などいるのだろうか。



若い頃は自分の価値観や正しさをふりかざし、理解できない人を
「信じられない」
「酷い」
などと嘆き欺いていた。


それこそが、神様の目から見たら「ろくでなし」であることさえ気付かずに。


お前の価値観や、たった数十年生きただけで何もかもわかったつもりになっているお前は、何様だ。


ふふふ…。


今、この記事を書きながら気がついた(笑)


お前は何様だ⁉︎


という言葉。


「まさか、神様じゃないだろぅなぁ…?」


って意味かもなぁ…


言葉って、素晴らしいな。


あ、話が逸れた。



そうそう、ろくでなし。


「ろくでなし」の意味をググッてみよう。


命の大切さに気付くまで、命よりもっと大切なことに気付くまで、
神様の「愛」の檄は続く。


もうすぐだ。

まだ、真っ暗じゃないから、未だだけど、その日は近い。


その時、愛すべき「ろくでなし」たちはあっちの世界に行ってしまっているかもしれないが、(私があっちに行ってしまっているかもしれないけど)


人生を折り返し、還暦を迎える頃の人たちと

甘いも
辛いも
甘酸っぱいも
しょっぱいも
小さな凸凹も
大きな凸凹も
いろいろ乗り越え、

ろくでなしを愛しきもの

と思える領域に達し、

それを笑い飛ばせる者たち

だけがわかる感覚を
身に付けた者達の中にいるのが、心地良い。


人間、誰だって、

ろくでなし。

そんな、ろくでなし同士、
非難するでもなく、
赦し合い、受け入れ合う。

繋がっているのは

「音楽」と「笑顔」だけ。


名前も知らない。
次、また、いつ、会えるかどうかもわからない。


でも、ヒト科の同じ種として魂に響き合う「何か」だけで、確実に繋がっていることを互いの細胞が嗅ぎ分けている。


山本太郎が

「竹中平蔵、人でなし!」

ではなく、

「竹中平蔵、ろくでもない!」


という言葉を選んだのにはワケがあってのことだったんだろう。


それでは、話が長くなりましたが、お聴きください。





「ろくでなしを愛して赦し、人でなしを寄せ付けない人生は、決して悪くない人生だ」


今日も一日ありがとうございます。



Spirale-spirale うさぎクッキーハート