不愉快な事案か。なるほど、たしかにじつに不愉快な話だ。どうしようもなく不愉快な話だ。腹立たしいほど不愉快な話だ。クソクラエと罵りたくなるほど、ほとんど情けないほど不愉快な話だ。
(文庫版 68頁)
マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーのペアが生み出した警察小説の古典中の古典、「刑事マルティン・ベック」シリーズ第2巻『煙に消えた男』は、1966年という発表年から考えられないほど古さを感じさせず、なんともすんなりと読めてしまう。この「読めさ(変な日本語)」の由来を考えてみると、その一つは間違いなく柳沢由美子女史による堅実な訳文である。良くも悪くも地味、だがそれがよく生きてくるのが物語前半にあたるブタペストの場面である。
全26章からなる本作は大きく前半と後半に分けられる。取材旅行先のブダペストにて消息を絶ったジャーナリストを捜索するため、1ヶ月の予定の夏季休暇初日に呼び戻されたマルティン・ベックが祖国スウェーデンから飛び立ちブダペストの地をうろつく前半。重要参考人の尋問に当たった後帰国し事件を解決させる後半。
断っても良いと上司から言われたにも関わらず勢いで事件の捜査を引き受けてしまったベックが鉄のカーテンの向こう側、遠くハンガリーはブタペストに降り立ったは良いものの、勝手わからぬ異国にて何から手を付けてよいのやら途方に暮れてうろうろ視線を彷徨わす前半は、さながら欧州随一の文化的中心地ブタペストの旅行記である。彼は風景に目をやり、建物や人々を観察し、料理に舌鼓をうつ。
ベックはバラックという名のその食前酒をたのんだ。正式名はバラック・パリンカというのだとウェイターが説明した。ハンガリー特産の杏のブランデーだという。
魚のスープは赤色のパプリカの利いた辛い味で、じつに美味だった。(同58頁)
ドナウ川が北から南へゆったりと目の前を流れていく。水の色が特別青いわけではなかったが川幅が広く堂々としていて、素晴らしく美しかった。(同59頁)
生来わたしは言葉による風景描写が大の苦手なのだけど、このくらいアッサリしていると読むのが苦痛ではない。柳沢先生、よくぞ盛らずに訳してくださったと拍手を贈りたい。それはさておき、やる気が出ないだの何をしてよいかわからないだのとぐずつく割にちゃっかり観光しているベックに付き合い何の小説を読んでいるのかわからなくなってくる頃、ようやく捜査が動き出す。
ブタペストの暑さに眠れず夜の散歩に出たベックが、行方不明のジャーナリストがその一味だった麻薬密輸組織に襲撃を受けるあたりから後半が始まる。
訳文と同じくアッサリと犯人自供まで至るその捜査の推移は実際に読んでいただくとして、後半部分において着目すべき点は「2マン・セル」の活用ではないかと思う。広く知られるように警察は基本的に二人組みで行動する。ブタペストでは当地のスルカ少佐が、スウェーデンに戻ってきてからはシリーズお馴染みの同僚コルベリが、ベックの前に隣に位置を占める。それをそう呼ぶかどうかは別として主人公が2マン・セルを組むこと自体は警察小説に限った話ではないし(ホームズとワトソン等)、本作のセルのあり方が何か特殊なのかと言われれば取り立ててそんなこともないのだが、寧ろ重要なのは突発的な海外赴任先でも気づけば集団になっている警察の性みたいなもので、探偵小説から分化し別の進化を遂げた警察小説の固有性の根幹にはきっとこの集団性があるのだと匂わせる。そりゃ古く感じないわけです。現代の警察小説はこの方向に伸びていったのですから。
なお訳者あとがきに興味深い記述がある。
1965年に発表した『ロセアンナ』をもって、それまでおおざっぱにスパイ小説、探偵小説、推理小説などと呼ばれてきたこの怪しげな(?)ジャンルに犯罪小説(クリミナル・ロマン)と名付けたのが、このシリーズの著者マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーである。(同297頁、原文ママ)
これがホントなら、「犯罪小説」愛好家一同スウェーデンの方に足を向けて眠れませんね。まぁもっとも興味深いのはこの「怪しげな(?)ジャンル」の中に警察小説が含まれていないことだったりするのだけど。
蛇足
冒頭の引用について。なんでこんなに「不愉快」そうなのかわからないというところから、未だ発達せぬ警察小説の「わたし」という話に持っていく予定だったのだけど、未発達なのは私の筆力の方でした無念。
『刑事マルティン・ベック 煙に消えた男』
マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー 柳沢由美子訳
角川文庫 2016
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