優しさってなんだろうね? | 世界線の彼方

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グッタグダでゆるーい内容を書いてみたりする。

適当万歳!!しかーしかなり独断と偏見に満ちていたりするかもよ?

かなーり痛いブロガーかも知れん、多分。

嫌きっとそうだろう、俺が言うのだから間違いない!!

優しい=厳しい

 

僕はね、どっちも同じなんだと思うんだ。

 

優しさって頭で理屈として解ってると思うんだ。

 

僕は精神性の向上、心の純粋さや経験値を上げる為に色々と追求してたりするんだ。

 

優しさって単純な意味ではなく複雑な感情が入り混じってる事だと思うんだよ。

 

本音でその人の為に相手に対しての魂への訴えなんだ。

 

そうじゃないよと、ほんとにちゃんと考えてるかい?問いかけてるんだ。

 

確かに優しいと言う言葉は優しい言葉を掛けて相手の負担になってるネガティブな情報に対して和らげてあげようとする言葉だと普通は思うんだけど、実は違ってそれは一時的な安心感に逃げたいだけなんだ。

 

逃げた後もそのしこりは心の中に残る。

 

だって何も解決してない訳だからね。

 

じゃなくてそれに立ち向かって解決していかないと前へ一歩進めないんだ。

 

それを解決しない限りトラウマになり心にシミが出来て膨らんでどこかしら人生への影を落とすハメになるんだよ。

 

優しさとはその人の為に嫌われてしまう覚悟と決断を持ってその相手に向かって心の対話をしようとしてるんだよ。

 

相当な覚悟を持って言ってる事は理解して欲しい。

 

だって好意的な相手に対して周りの物は持ち上げて先程言った様に甘い言葉を掛けて解決を遅らせて心に重しを載せダラダラと先延ばししてるに過ぎない事を理解しなきゃだめなんだ。

 

でも厳しい事を言える人はその人ときちんと向かい合って厳しくきつい事を言ってる様に聞こえるけど実は愛情なんだよ。

 

ほんとに真剣に考えちゃんと膝を突き合わせてきちんと向かい合おうとしてると言う事を。

 

私は何時も甘い言葉を掛けてるだめな奴だったかも知れない。

 

でも年を食ってやっぱりそれは違うと感じた。

 

嫌われるなら嫌われて良いさ、別にそれで人生が終わる訳でも無いし絶望的になる訳でもない、死ぬ訳じゃない。

 

それでも時間だけは淡々と進むんだからね。

 

おいらは嫌われても良いやって覚悟でSNSにも書いてたりしてる。

 

でも言い過ぎる表現の時は有るから削除したり色々と言葉をきちんとチョイスしようとするから中々難しいのは確かさ。

 

ただそれで関係性が崩れて終ったとしても心は残しておく。

 

あの人どうしてるかな?とか大丈夫かな?とかね。

 

何時までもその人の空間に居る訳にはいかないし。

 

僕も先に向かわなきゃならない、ただそういう好意を持つ相手には何処かで気に掛けようとしてるのは確か。